NAKAMOTO PERSONAL

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太宰

「太宰、旧制高校時の『思索』の跡 自筆ノートを発見」
 → http://www.asahi.com/culture/update/0331/TKY200803310355.html

 作家太宰治の旧制弘前高校時代の自筆ノート2冊が見つかり、青森県近代文学館が全ページを近く一般公開する。自画像とみられる似顔絵など多数の落書きがあり、授業中の態度がうかがえる。
 太宰は研究が進み資料が出尽くしたとされるが、高校時代のノートはほとんど世に出ておらず、研究者の間では「最後の宝の山」といわれていた。

 公開されるのは英語と修身の大学ノート各1冊。同文学館が今年に入って関係者から寄託を受け、全ページを撮影して資料集にまとめた。

 太宰は青森県金木村(現五所川原市)出身。弘前高校には1927年に青森中学から進み、東京帝大仏文科入学までの3年間を過ごした。

 2年生時代のものとみられる修身のノートの表紙には本名「津島修治」のほか、ペンネームの「辻島衆二」の書き込みがある。ページが進むと陰鬱(いんうつ)な表情の顔の絵が多数登場し、その脇にはサインの練習のような崩した字体の「津島修治」「S.Tsushima」の記述がある。

 同文学館の依頼で、2冊のノートを検討した安藤宏・東京准教授(日本文学)によると、太宰の高校時代のノートは存在こそ知られていたが、内容はほとんど公開されていなかった。安藤准教授は「今回の公開は太宰研究にとって画期的だ。高校時代は太宰の生涯のなかで一番よくわからない時期だったが、ノートからは作家になる前の自己形成の過程がうかがえる」と話す。