愚禿親鸞
「親鸞遺骨を示す墨書、京都で見つかる」(産経新聞)
→ http://www.sankei.co.jp/culture/bunka/070918/bnk070918000.htm
浄土真宗本願寺派の寺院、常楽台(常楽寺、京都市下京区)所蔵で宗祖・親鸞を描いた肖像画「親鸞聖人影像」(花の御影)から、「親鸞の遺骨を宝塔に納めた」とする墨書が発見されたことが18日、わかった。同寺の金銅製宝塔には「親鸞の遺骨」と伝わる骨片が残されており、親鸞の遺骨であることを裏付ける貴重な発見という。
「花の御影」は、親鸞のひ孫で本願寺第三世・覚如の長男、存覚(ぞんかく)(1290〜1373)が南北朝時代に親鸞の姿を描かせたと伝えられる。
掛け軸は傷みが激しく、修復のため表具をはずしたところ、江戸時代に軸木に書かれた墨書が見つかった。墨書には、寛文7(1667)年に親鸞の御真影を修復して親鸞の遺骨を銀の筒に納め、さらに宝永3(1706)年に遺骨を取り出して宝塔に納めた−などと記されていた。常楽台は存覚が開いた寺で、第十三世住職寂恵が軸から遺骨を取り出し、宝塔に納めたとみられる。
親鸞の遺骨は没後、東山区の廟堂に納められたが、後継争いで鎌倉に持ち去られたとされ、現在、新潟県や三重県の寺などに遺骨とされる骨が伝えられている。
本願寺史料研究所では「存覚は遺骨を入手しやすい立場にあったこと、あえて人に知られないように伝えられていたことなど、状況からみて真骨の可能性がきわめて高い」としている。
同寺に残された経緯は明らかではないが、今小路覚真住職は「遺骨があると聞いていたが、確かめたことはなかった。偶然、真骨であることがわかって驚いている」と話している。
親鸞と言えば、『歎異抄』。
(実際は唯円の著とも言われるが)
「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」
(善人ですら救われるのに、悪人が救われない訳がない)
いわゆる“悪人正機”である。
このニーチェにも通ずる逆説的な言い回しが、たまらない。
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