思い出の風船
思い出はあまりムキになって確かめないほうがいい。何十年もかかって、懐かしさと期待で大きくふくらませた風船を、自分の手でパチンと割ってしまうのは勿体ないのではないか。
昭和56年(1981)の今日、向田邦子が亡くなりました。
『向田邦子 - Wikipedia』 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%91%E7%94%B0%E9%82%A6%E5%AD%90
- 作者: 向田邦子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2005/08/03
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【産経抄】より。
向田邦子に「消しゴム」というエッセーがある。「躯(からだ)の上に大きな消しゴムが乗っかっている」。こんな意表をついた書き出しから、さまざまな消しゴムにまつわるエピソードを紡いでいく。やがてその正体が、漏れたガスであることに気づく。
▼あわやというところで起きあがり、窓を開けて命拾いをする。明け方の4時だった。しかし、26年前のきょう、降りかかった厄災からは、逃れられなかった。取材旅行中の台湾で遠東航空の旅客機が空中で爆発、乗員乗客全員が死亡する事故に巻き込まれ、51歳の生涯を終えた。後に機体の金属疲労が原因だったことがわかる。
▼20日朝、台北から那覇空港に到着した後、炎上した中華航空120便は、燃料が右側のエンジン付近に漏れ、引火したようだ。機長によれば操縦室内の計器は異常を示しておらず、異変に気づいたのは2人の地上整備員だった。機体メーカーのボーイング社は、製造ミスはないとの見解を示しており、まだわからないことが多すぎる。
▼乗員乗客165人全員が無事だったのは、僥倖(ぎょうこう)だった。これだけははっきりしている。黒煙と炎を噴き上げる機体から乗客が脱出シューターで逃れ出る様子をとらえたビデオ映像を見ると、爆発が起こったのは、最後に機長らがコックピットの窓から飛び降りるのとほぼ同時だった。
▼夕方になってようやく食欲が出た向田が、台所でキャベツの皮をむくと、ガスが匂(にお)ってきた。引き出しの中のハンカチからも、ハンドバッグの中の小銭入れからも。「本当に恐ろしくなったのは、それからである」とエッセーを結ぶ。
▼無我夢中で脱出した乗客たちも、ほっと一息ついてから、恐怖感がこみあげてきたことだろう。本当に無事でよかった。