NAKAMOTO PERSONAL

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時代と闘った教育者・天野貞祐

「【風を読む】時代と闘った教育者・天野貞祐 論説副委員長・沢辺隆雄」(産経新聞
 → http://www.sankei.com/column/news/170606/clm1706060005-n1.html

 親孝行や信義など普遍的な徳目を教えるにも「価値観の押し付け」といった批判が根強い。最近の教育勅語をめぐる論議でも浮き彫りになったことだ。

 そうした戦後教育を考える上で、一人の教育者を描いた『天野貞祐-道理を信じ、道理に生きる』(貝塚茂樹・武蔵野大教授著、ミネルヴァ書房)はおもしろく、示唆に富む。

 平成生まれが増え、天野貞祐(1884~1980年)と聞いてすぐ分かる人は少ないかもしれない。哲学者、教育者として京都帝大教授や旧制一高校長などを歴任した。戦後は当時の吉田茂首相に請われ、昭和25年から文部大臣を務めた。

 天野貞祐は、その業績も多いが、目指した教育改革が実らなかった「挫折」の方が知られているかもしれない。

 挫折の一つは文相のとき、「国民実践要領」を発出しようとしたが実現しなかった。

 これは昭和26年のサンフランシスコ平和条約批准を機会に、「真に自主独立の精神を持って道徳的に生きていく目標を示したい」と目指した。内容は個人、家、社会、国家の各項目で、人格の尊厳や自由、責任、公徳心など徳目を示したが、当時の言論界、教育界から猛反発にあい、断念した。

 著者の貝塚氏は、天野を時代の「格闘者」という視点で捉えたという。

 同書では文相時代に出された「天野談話」についても触れられ、興味深い。国民の祝日の行事にからみ、祝日の意義を教え、国家、社会の形成者として自覚を深くさせることを意図した。学校行事での国旗掲揚、国歌斉唱を推奨した。背景に「少年が自国に対し愛と矜持(きょうじ)」を持つことを重くみ、矜持を失うことは「国民的自殺」とみていたことが紹介されている。

 時代を経て、戦後教育の課題だった道徳の教科化はようやく実現したが、先のように「価値観の押し付け」批判は相変わらずだ。入学式・卒業式の国歌斉唱を「強制」という教員らも相変わらずいる。天野が信念を持って取り組んだ教育改革を改めて知る意義は大きい。