「時間薬理学とコーヒー」
「あなたもたぶん間違えてる…科学的にコーヒーが一番効く時間帯」(ギズモード・ジャパン)
→ http://www.gizmodo.jp/2013/11/post_13453.html
コーヒーが一番効くのって本当は何時なんだろうな…って考えたことないですか? 午後は好ましくない、特に寝付きが悪い人は、って言われますけど、でもそうでもないんじゃないかなーってね。
自分は時々ありますよ。なぜか?
これをきちんと理解するには、「時間薬理学(chronopharmacology)」という、誰もあんまり話題にのぼせることもないのだけど非常に面白いコンセプトをまず理解しなければなりません。
「時間薬理学(chronopharmacology)」とは、生体リズムと薬効の相関関係の学問のこと。生体リズムの中でも一番重要なもののひとつが、体内時計です。内生の24時間周期の時計に応じて、僕らの生理機能も行動も様々に変わるし、薬の特性――例えば薬の安全性(医薬品安全監視体制[pharmacovigilance)、薬物動態(pharmacokinetics)、薬の有効性(drug efficacy)、薬物耐性(drug tolerance)――まで変わるんですね。
この24時間サイクルは脳のどこの部位で生まれているのか? 脳はどんなシグナルを受ければサイクルを正しく生むことができるのか?
このサイクルに大きく作用するのが「光」です。
「ツァイトゲーバー(zeitgeber)」とは、生体リズムを左右する環境因子を指す時間生物学(chronobiology)の用語。 哺乳類の場合、一番パワフルな環境因子は光なんですね。網膜と視床下部(網膜視床下部路[retinohypothalamic tract)の間の繋がりが発見されて以来、マスタークロックはおそらくここにあるのではないかということで、研究者たちの関心も専らこの視床下部に集中してきました。
事実、視床下部は日周リズムを司るマスタークロックの役目を果たしている―これを裏付ける最初の証拠のいくつかを、この上なくエレガントな脳障害の実験で示したのはInoue氏とKawamura氏でした(1979年)。視床下部を周辺の組織から丹念に切り離して脳内に「島」をつくってみたところ、概日時計(サーカディアンクロック)が完全に狂ってしまったんです(Inouye and Kawamura、1979)。
つまりどういうことか?
概日時計を律する視床下部核(視交叉上核[suprachiasmatic nucleus:SCN])の送り出す信号には様々な機能があり、僕らの就寝・起床のサイクル、食事摂取、エネルギー消費、糖のホメオスタシス(安定性)、あとホルモンなんかまでSCNは司ってるんですね。集中度に応じてコルチゾール(よく「ストレス」ホルモンと呼ばれる)の分泌量をコントロールするのもSCNなんです(←ココとても重要)。
…と、ここまで読んでくるとみなさん(特に科学畑の人)もそろそろ無性にコーヒーが恋しくなってきた(効いてきた)頃なんじゃ? 最近ネットで科学者とカフェイン消費の関係について論じた興味深い記事(これとこれ。科学者人口とカフェイン消費量の相関関係を示した地図に注目)を立て続けに読んだんですが、それによると科学者が多い場所ではカフェイン消費量も多く、カフェイン消費量の職業別ランキングで科学者はなんとNo.1なんだそうですよ?
さてと。本題の「朝8時にコーヒー飲んで果たして効き目はあるのかどうか?」ですが、コルチゾール分泌の概日リズム的には「NO」なんです。
ここで重要なのが薬物耐性です。特にカフェインはみんな摂取過多な薬物なので重要性が高い。耐性の観点から言うと、血中コルチゾール濃度がピークに達する時間帯にカフェイン摂る人は、まだ飲まない方がマシなんですね。なぜってコルチゾールの分泌量は集中度とものすごい強い繋がりがあるから。コルチゾールがピークに達する時間は平均して24時間の体内時計でちょうど8時~9時(Debono et al.、2009)。したがって朝のこの時間帯にコーヒー飲む人は、放っといても体内時計で集中力がMAXに高まってく時間帯にガブガブガブガブめざましのコーヒーを胃に流し込んでるというわけです。
薬理学の大原則のひとつ、それは「薬は必要なときに飲め」です(こう書くと必ず「自分は常時必要」と滔々と訴える科学者がいるだろうけど!)。必要なときだけ飲むようにしないと、一定量ずつ服用する薬には身体に耐性ができてしまうんです。換言するとどういうことか? 毎朝毎朝おんなじ分量モーニングコーヒー飲んでると、だんだん効き目がなくなっていくんですよ。いや~僕も最近エスプレッソ1杯ぶち込まないとコーヒー効く気がしないのだけど、そういうメカニズムだったんですね。
さて、コルチゾール濃度が1日のピークに達するのは午前8時~9時ですが、これに準じるピークはまた1日のうちに数回きます。あくまでも平均で個人差はありますが、それは…正午~13時、17時30~18時30分。
よって、午前にコーヒー飲みたい人は、
9時30~11時30分
がおすすめです。コルチゾールのレベルはここでいったん底を打って、次のピークに向かうんです。要はピークの谷間が狙い目というわけ。
このレクチャーを初めて聴講したとき、教授がもうひとつ言ってたのは、「一番強力なツァイトゲーバーは光なんだから、車で通勤するときサングラスは掛けない方がいいよ」ってことです。目に光が入ると網膜視床下部路を経由してSCNにシグナルが最強で送られるので、朝のコルチゾールの分泌を加速する効果があるんですね。
僕は朝日で目がくらむと怖いのでついついサングラス掛けちゃってますけど、薄曇りの日とか前の晩あまりよく眠れなかった日とかは外して運転するようにしてます。少しでも日光に触れた方が集中度も高まるかなと思って。
「特集ワイド:時間という治療テク 生体リズムに合わせ投薬、『要注意』知り対策 『早寝早起き朝ごはん』で時計を正常に」(毎日新聞)
→ http://mainichi.jp/feature/news/20120606dde012040020000c.html
「NHKで特集 大反響! もっと知りたい「時間治療」 ご存知ですか がん、リウマチ、高血圧、高脂血症などに効果」(現代ビジネス)
→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32647
「[時間医療]生体リズムに合わせて服薬」(読売新聞)
→ http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=65097&from=yoltop
独りで飲むコーヒーが美味しいのはなぜだろう。
『時間治療・時間薬理』(自治医科大学医学部 臨床薬理学部門) http://www.jichi.ac.jp/rinshoyakuri/study/time.html
- 作者: 大戸茂弘
- 出版社/メーカー: 医薬ジャーナル社
- 発売日: 2013/04
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログを見る
- 作者: 小川暢也
- 出版社/メーカー: 朝倉書店
- 発売日: 2001/01
- メディア: 単行本
- クリック: 2回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
宗教は往々人を酩酊させ官能と理性を麻痺させる点で酒に似ている。そうして、コーヒーの効果は官能を鋭敏にし洞察と認識を透明にする点でいくらか哲学に似ているとも考えられる。酒や宗教で人を殺すものは多いがコーヒーや哲学に酔うて犯罪をあえてするものはまれである。前者は信仰的主観的であるが、後者は懐疑的客観的だからかもしれない。
芸術という料理の美味も時に人を酔わす、その酔わせる成分には前記の酒もあり、ニコチン、アトロピン、コカイン、モルフィンいろいろのものがあるようである。この成分によって芸術の分類ができるかもしれない。コカイン芸術やモルフィン文学があまりに多きを悲しむ次第である。
コーヒー漫筆がついついコーヒー哲学序説のようなものになってしまった。これも今しがた飲んだ一杯のコーヒーの酔いの効果であるかもしれない。
── 寺田寅彦(『コーヒー哲学序説