愛国心とは何か。
平成6年(1994)11月20日 福田恆存 没
翻訳家にして劇作家であり、戦後最大の保守思想家。
我が思想の支柱。
物の中にはそれを造った人の心、それを所有し、使用している人の心が生きている。たとえば、親にとっての死児の遺品は決して単なる物とは言えない。自分の子供が愛玩していたおもちゃは、遺された親にとって、子供の心と自分の心とがそこで出会う場所であり、通い路なのであり、随(したが)って、それは心の棲家(すみか)なのであります。自分自身の所有品についても、自分が長年の間使って来た、つまり付き合って来た品物は事のほか愛着を覚え、吾々はそれを単なる物として見過ごす事は出来ないのです。消しゴムや小刀の様な些末(さまつ)なものですら、そしてそれがもう使うに堪えなくなったものでも、むげに捨て去る気にはなかなか成れないものです。この「こだわり」を「けち」と混同してはなりません。それはその物の中に籠(こ)められている自分の過去の生活を惜しむ気持ちであって、吾々はその物を捨てる事によって自分の肉体の一分が傷付けられ切り落とされる痛みを感じるのであります。
ましてその物が、自分が生まれた時から暮して来た家、子供の頃に登った柿の木、周囲の山や川、そういうものともなれば、なおさら強い愛着を感じ、自分の肉体の一部どころか、時にはそれが自分の命そのものに等しい感じを懐くのであって、それを私達は「命よりも大事な」とか「命の次に大切な」という言葉で表現しているのです。そうした自然、風物、建物に対する愛情が愛郷心、愛国心の根幹を成すものではないでしょうか。
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