100万回生きたねこ
「【産経抄】11月8日」より
→ http://sankei.jp.msn.com/culture/books/101108/bks1011080310000-n1.htm
自分のことしか好きになれないまま100万回の生死を繰り返したねこに、思いがけない出会いが訪れる。冒頭と末尾の言葉を思いついてから、15分で物語を書き上げたという。昭和52年に、39歳の佐野洋子さんが発表した絵本『100万回生きたねこ』(講談社)は、今も多くの親子に愛されている。
4年前、発行部数が150万を突破したときインタビューした同僚記者は、「柔らかな魂をむき出しのまま生きている人物」と評した。なるほど、絵本とともに人気のあったエッセーを読むと、よくわかる。
たとえば容貌(ようぼう)の衰えを理由に番組を降ろされ、女性差別だと訴えを起こしたテレビのアナウンサーに、「ちょっと待ちなよ、オバサン」と異を唱える。採用時には、容貌を武器に戦ったのではないか。
「その時、あなたは、私の容貌が点数のうちに入っていたら、それを差し引いてくれとたのまなかったはずだ」。柔らかな魂は、世のフェミニストが目をむくようなことを平気で言う。社会の虚飾をはぎ、ときに身もふたもない結論に至っても、読後感はさわやかだ。文章の力というものだろう。
中国で終戦を迎えた佐野さんにとって、父親が満鉄の図書館から持ち帰った文学全集が読書の始まりだった。それから源氏物語からロシア文学、ベストセラーまで、あらゆるジャンルの本の活字を追って、一生の大半を過ごしたという。
ただ、内容はすべて忘れた。そもそもどうでもいいことが多すぎた人生、と繰り返し書く。いや、それがかっこいい、とページをめくりながら思う。「ねこは もう、けっして 生きかえりませんでした」。100万回生きたねこのように、静かに72年の生涯を終えた。
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