NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

一日一言「『義』と『恩』」

十一月十二日 「義」と「恩」


 生きることを考えないことが勇気がある者と思うのは、生きることも勇気もわかっていないからである。生きるということは重いものと思わなければならない。しかし、生きることより大切なことは、義と恩である。義を尽くすことや人の恩にくらべれば、生きることはやさしい。義でも恩でもないことに命を投げうつことは、狂犬病にかかった犬のすることに等しい。


 恩のため捨つる命はかるからず
   外のことには命捨つるな

── 新渡戸稲造(『一日一言』)


モントリオールにいた頃の昔のメモより。

 ご多聞に洩れず、私もパブリック・スクール、イートン校の出身である。
 我が母校の教育方針は、
 「勇敢たれ、
 楽天的たれ、
 ムキになるな」
 というものであった。
 男の人生においてもっとも大事なのは、勇敢であるということだ。勇敢でなくて、どうして運命を拓いて行けるだろうか? 心がひるんだら、人生の戦いは終わりである。いったん負け癖がついたら、男はもう王道を歩んで行くことはできない。ただし誤解のないように断っておくと、勇気と蛮勇とをはき違えてはならない。進むも勇気なら退くも勇気なのである。ただやみくもに突き進めばいい訳ではないのだ。人生には心ならずも退かねばならないことがある。傍目にはカッコ悪く映るかもしれず、自分の沽券にかかわるように思えても、一歩下がって次の飛躍に備えねばらない局面があるのだ。こういう時に、後先も考えずに進むのは、蛮勇でしかない。蛮勇 ― 要するに、バカである。
 人は、万人注視の下ではヒロイックになれる。死ぬことさえする。が、本当の勇気とは誰の目もないところで苦しみや悲しみに耐え、生きて行くことだ。それが男なのである。その際、楽天的でなくてはならない。人生、悲観的なやつに拓かれることなく、幸運の女神もペシミストのドアにノックはくれないのである。が、どうしたら楽天的たり得るのか? 人生の悲劇のひとつは、記憶の重荷である。 ― と言ったのはサマセット・モームだが、あらゆる嫌な記憶を忘れる修練を常に欠かさないこと、この一点に尽きると言っていい。
 ムキになるな。人間、ムキになると思考が停止する。バカ同然になる。バカは、粋ではない。なにより私は、無粋を恥じる。私はイートン校の落とし子である。

── ほら吹き准男爵 サー・アンソニーブランメル・バート