『心優しき無頼派』
月刊誌『正論』5月号、日本近代文学館に寄贈された坂口安吾の書簡について、石井英夫さんのコラム。
(「世はこともなし?」第119回 心優しき無頼派よ)
- 出版社/メーカー: 日本工業新聞社
- 発売日: 2015/04/01
- メディア: 雑誌
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日本近代文学館にお願いした『館報』が届いた。
以下、抜粋。
──
胸を打つのは、無頼派といわれた安吾の心優しい気配りと、渡辺彰に対する深い愛情である。合成樹脂を埋めこむ手術や専門医についてあれこれ指示していた。
「手術のためにも、秋にはいつてからのほうが良い都合であり、君も、あせらず、迎へに行くまで待つてゐて欲しい」「くれぐれも、体力充実を心がけて・・・」などなど。なんという人間味あふれる温かい言葉だろう。
昭和二十三年から四年にかけて、安吾はアドルム中毒から幻視幻聴に襲われ、一時は東大病院精神科に入院する病体だった。にもかかわらず電車に七時間半も揺られて富士見治療所に若き編集者の見舞いに行った。『不連続殺人事件』の原稿料全額を渡辺彰に渡すよう手配したという話も残っている。
──
── 石井英夫(『心優しき無頼派』寄贈資料に寄せて)
『日本近代文学館』 http://www.bungakukan.or.jp/
福田恆存も語っている。
坂口さんは優しかった、と。
坂口さんは人間のすなおなやさしさといったものを求めていた人であるし、またそういうものを皆がじかに出しあって、傷つかずに生きていくことを夢みていた人でもあろう。ぼくが坂口さんのことをローマン派だとおもうゆえんである。
坂口さんが伊東にいた頃、二度ばかり遊びにいったことがあるが、そういう時にもすなおなやさしさにふれたいという彼の切ない気持ちを感じた。
- 中略 -
坂口さんが家を探していた時、ちょっと手伝ってあげたそのお礼に、アメリカ製のカンキリを貰った。今でも愛用しているが、これがとうとうかたみになってしまった。オモチヤみたいな機械類を好んだ坂口さんをぼくは好きだった。
── 福田恆存(「坂口さんのこと」『知性』昭和三○年四月号)
“心優しき無頼派”に曰く、
人情や愛情は小出しにすべきものじゃない。全我的なもので、そのモノと共に全我を賭けるものでなければならぬ。
── 坂口安吾(『詐欺の性格』)