Like a Rolling Stone
「【音楽の政治学】ライク・ア・ローリング・ストーン ジョブズ氏は何を憎むのか?」(産経新聞)
→ http://sankei.jp.msn.com/world/america/100215/amr1002150746002-n1.htm
アップルが新製品「iPad」をサンフランシスコで発表した1月27日。会場のヤーバブエナ芸術センターに入っていくと、聞いたことのあるメロディーが耳に飛び込んできた。ボブ・ディランである。
♪痛い目に遭うぞと忠告されても/君は冗談だと思ってたよな/ぶらぶらしている連中のいうことなんか/昔の君は笑い飛ばしてた(ライク・ア・ローリング・ストーン)
発表を行ったアップルの創業者にしてシリコンバレーのカリスマ、スティーブ・ジョブズ同社最高経営責任者(CEO)が、ディランの大ファンであることはよく知られている。もっとも、ジョブズ氏がこの日のBGMにディランを使った背景については、もう少し深読みしたくなる。
シリコンバレー発のコンピューター革命は、サンフランシスコを震源地として1960年代を席巻したヒッピー文化や学生運動と分かちがたく結びついている。
あしき知識の独占の象徴とみなされていたコンピューターに侵入し、裏をかき、閉じ込められていた知を解放するという理念こそ、「ハッカー」たちの大義名分だった。ジョブズ氏はそのひとりとして、垂直にそびえ立つコンピューターの権力構造を「個人のためのコンピューター」によって水平に転換する「パソコン革命」をなし遂げた。
60年代反体制カルチャーのシンボルだったディランとの親和性は、ありすぎるほど、ある。
ただし、時代はそんな理念のはるか先にまで行ってしまった。ジョブズ氏はヒッピーどころではなく、一挙手一投足が米経済を左右するほどの大物だ。もはや、あれほど敵視していた既成権力そのものでもある。
「ライク・ア・ローリング・ストーン」の歌詞はこう続く。
♪いまや君は大声でしゃべったりしない/君はもうプライドが高そうでもない/なにしろ次の食事にどうやってありつくか考えないといけないんだからな
ディランはこの曲について、「あることに向けられた、僕の変わることのない憎しみ」について書いたと述べたことがある。
世界有数の金持ちとなり、すでに歴史に名を刻んだといっていいジョブズ氏は今も、何かに対する憎しみを持ち続けているのだろうか。発表が終わった会場には、再びディランが流れ出していた。