NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

『私はなぜ日本国民となったか』

「【産経抄】12月11日」より
 → http://sankei.jp.msn.com/life/trend/091211/trd0912110318001-n1.htm

 小欄のデスクは、月刊誌「正論」の作業スペースと隣り合っている。その販売担当者の電話が、ここ数日鳴りやまない。なぜか大阪市内の書店を中心に「正論」1月号の追加注文が相次いでいるのだ。どうやら、関西地区で最近放映された「たかじんのそこまで言って委員会」という番組が、原因らしい。

 ▼出演者の一人、評論家の宮崎哲弥さんが、1月号の巻頭論文「私はなぜ日本国民となったか」を取り上げ、「感動しました」と述べたという。テレビの威力はやはり侮れない。論文の筆者は、小紙読者にはおなじみの金美齢さんだ。

 ▼昭和9年に台湾に生まれ、日本に暮らすようになって50年になる今年9月、日本国籍を取った。番組は、これまで金さんのことを知らなかった視聴者が、こんな台湾人、いや日本人がいたのか、と目を見張る機会を与えてくれた。ではなぜ金さんは、日本国民になったのか。

 ▼長年、台湾独立運動を闘ってきた金さんにとって、台湾人が昨年の総選挙で、独立より中国との経済交流拡大を優先する中国国民党を選んだ衝撃は大きかった。その後、与党要人の北京詣でが始まり、台湾が中国のブラックホールにのみ込まれつつあるように、金さんの目には映る。

 ▼その伝でいけば、民主党小沢一郎幹事長をトップとする総勢約600人の訪中こそ、中国の思う壼(つぼ)ではないのか。金さんにコメントをいただこうとしても、つかまらない。携帯電話には縁がない方なのだ。

 ▼日本国民になったもうひとつの理由は、3年前に亡くなったご主人との「純愛」にかかわりがある。ぜひ、論文に直接当たっていただきたい。連日不愉快なニュースに向き合わされて、しおれかかった心に、元気を与えてくれること請け合いだ。

 たしかに人間はいつの時代の、どの国の、どんな両親のもとに生まれてくるかは決められない。それは運命である。その運命の中で、自らの生をすべて受け入れたところから人生は出発するしかない。日本人に生まれたということは、日本という国の歴史を背負っていくということである。「これはいいけど、あれは嫌だ」というようなご都合主義はきかない。日本人であることから逃げられないし、否定もできない。日本人として生まれたことをどう受け止め、どう背負っていくか。いかに前向きに、より良い人生をめざすか。日本人に回帰した私の役目は、それを語っていくことだと思っている。台湾という祖国を心のうちに喪ったいま(いずれも実態としも)、もう一つの祖国である日本を喪うわけにはいかない。

── 金美齢 『私はなぜ日本国民となったか


正論 2010年 01月号 [雑誌]

正論 2010年 01月号 [雑誌]


 人間における偉大さを言い表す私の定式は運命愛である。すなわち、人が何事をも別様に持とうと欲しないこと、前方においても背後においても、あらゆる永遠にわたって欲しないことである。必然的なことを単に耐え忍ぶではなく、まして、隠すのではなく─ いっさいのイデアリスムスは必然的なものの前では虚偽である ─、それを愛することである。

── フリードリヒ・ニーチェこの人を見よ