NAKAMOTO PERSONAL

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『バカの勧め、知性の軽侮』

「【断 呉智英】バカの勧め、知性の軽侮」(産經新聞
 → http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080126/acd0801260317001-n1.htm

 一九七二年二月、理想社会の実現を目指したはずの若者たちが凄惨(せいさん)な仲間殺しの末、山荘で警官隊と銃撃戦を展開した。連合赤軍事件である。戦後思想史上で最重要の事件であるにもかかわらず、三十六年の歳月を経て記憶も薄らぎつつある。
 そんな今、若松孝二監督『実録・連合赤軍』を観(み)た。まさに実録。資料に基づいて事件を正確に再現した三時間十分の長篇に一瞬の緩みもない。正攻法の力作だ。俳優たちも熱演、とりわけ永田洋子役と遠山美枝子役の二女優には鬼気迫るものがあった。事件を知らない世代にこそ一見を勧めたい。
 だが「実録」であるが故の限界も知っておくべきだ。最後の方で少年が「俺(おれ)たちは勇気がなかったんだ」と泣き叫ぶ。これは事実だろう。だが正しい答えではない。彼らに勇気は十分あった。なかったのは知性である。
 あの時代既に、ドストエフスキー『悪霊』も、ザミャーチン『われら』も、オーウェル『一九八四年』も、ポパー『歴史主義の貧困』も、タルモン『フランス革命と左翼全体主義の源流』も、普通に読むことができた。革命軍の建設というのなら軍事理論書をほんの十冊でも読むべきだった。しかし、彼らがこれらの本を読んだ形跡はない。
 映画には出てこないが永田洋子は山岳アジトでこう言っている。「私たちみたいに単純バカになって早く過去を総括しちゃってよ」。バカの勧め、知性の軽侮である。連合赤軍だけではない。この頃(ころ)から若者は無知を恥じぬようになった。バカを誇るようになった。
 知性の欠如を勇気の欠如としか言えない少年の叫びは痛々しい。坂口弘の獄中詠にも「リンチせし者ら自ら総括す檸檬(れもん)の滓(かす)を搾るがごとく」とある。搾るべき豊潤な知の実を持たなかったのだ。(評論家)

バカにつける薬 (双葉文庫)

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