栗林忠道
「栗林忠道陸軍大将、米軍事史研究家が挙げる最も優秀な指揮官」(NEWSポストセブン)
→ https://www.news-postseven.com/archives/20180807_714148.html
祖国を護るために身を捧げた多くの軍人たちの生き方は、我々に多くのことを語りかけてくる──。
太平洋戦争後期、1945年2月19日から米海兵隊と日本陸軍守備隊によって繰り広げられた硫黄島の戦い。第二次世界大戦屈指の激戦として知られる。
硫黄島守備隊の最高指揮官として栗林忠道が着任していた。戦いを前に、日本軍の約3倍もの兵力を有していた米軍は「5日で落とせる」と豪語したという。
しかし、栗林は地下陣地を構築して持久戦、ゲリラ戦を展開し、5日どころか、激戦は36日間続いた。日本軍守備兵の戦死者数は2万1900人。一方の米軍死傷者数も2万8000人以上と夥しかった。
そのため戦後、軍事史研究家や米国軍人に「太平洋戦争における日本軍人で優秀な指揮官は誰か」と聞くと、栗林の名を挙げる人物が多かった。
国の為 重き努を果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき
── 栗林忠道中将 辞世
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知るものは言わず、知らないものがしゃべる日
八月六日は一日限りの広島の思想家が集まる日である。知るものは言わず、知らないものがしゃべる日である。そしてその他の日本国民が冷淡なくせに熱心に平和を口にする日である。
── 山本夏彦(『何用あって月世界へ』)
「【主張】原爆の日 平和守る現実的な議論を」(産經新聞)
→ http://www.sankei.com/column/news/180806/clm1808060002-n1.html
広島は今年も原爆の日を迎えた。
深く頭(こうべ)を垂れたい。多くの人命が、無差別に奪われた。何年たとうが、犠牲者の無念を思い、悼み続けたい。
北朝鮮が米国との見せかけの緊張緩和を演出する中で迎えた8月6日でもある。核の脅威に何ら変わりはみられない。
平和を守る誓いを新たにするからこそ、地に足をつけた安全保障論議が必要である。そのことを改めて銘記したい。
事前発表の骨子では、核兵器禁止条約の国連採択に尽力した非政府組織「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のノーベル平和賞受賞に触れ、被爆者の思いが世界に広まりつつあるとする。
一方で自国第一主義が台頭し、核抑止や核の傘は不安定で危険であると指摘する。市民社会は朝鮮半島の緊張緩和が対話によって平和裏に進むことを望んでいる、などとしている。
核兵器廃絶の願いは誰も否定しない。しかし、日本を核兵器で現実に脅かしているものは何か。目をそらしてはならない。
北朝鮮の融和姿勢にごまかされてはいけない。米朝首脳会談後も大陸間弾道ミサイルを製造している兆候が米国で報じられた。ポンペオ米国務長官は北朝鮮が核分裂性物質の生産を続けていることを認めた。
日本に対する脅威は去っていない。それにどう備えるかを考えるべきである。
核兵器の使用を踏みとどまらせるのは、核抑止力である。米国やその核の傘の下にある日本が核兵器禁止条約に入っていないのは、妥当な選択といえる。
核の惨禍に見舞われないよう、日本はあらゆる手立てを尽くさなくてはならない。地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の導入を進めつつ、敵基地攻撃能力を持つ議論も前進させたい。
日本では、唯一の戦争被爆国という歴史から、核抑止に関する議論をタブー視する風潮が長く続いてきた。「反核平和」の名の下に、左翼政治色の強い運動が繰り広げられてきた。
だが、思考停止や政治運動は国民の安全をもたらさない。
犠牲者に示すべきは、日本を子々孫々にまで守り伝える決意と行動であろう。
宗教対立の時代こそ「共存」を
「【正論】宗教対立の時代こそ『共存』を 東京大学名誉教授・平川祐弘」(産経新聞)
→ http://www.sankei.com/column/news/180730/clm1807300004-n1.html
昔はキリスト教徒やイスラム教徒や仏教徒は、諸大陸に住み分けたとはいわぬが、ほぼ別々に生活していた。それが交通手段の発達で移動しやすくなりグローバリゼーションが始まった。生活向上を願い移民が、戦乱の母国を捨てて難民が、先進国を目指す。他方、豊かな国は安い労働力を求める。
しかし、言語習慣が違うために衝突が起こり、治安は悪化する。排他的な一神教を奉ずる集団は容易に同化しない。事態は深刻だ。欧米では「反移民」を唱える政治家が当選し政情は不安定だ。
宗教背景の相違に発する対立が目立つ人類文化史の新局面だが、日本も介護や単純労働などさまざまな分野で外国人労働力が必要だといわれる。では、日本は過去に自分達が受けた宗教的誤解を正確に理解しているのか。一神教ではゴッドが人を創るが神道では人が死んで神になる、その違いをわきまえているのか。
≪日本では神も仏も同居する≫
戦時中、米国側は、日本兵は国家神道の狂信者で God-Emperorのために「天皇陛下万歳」と叫び死を恐れず戦う、と説明した。それに対し昭和21年元旦の詔書で、天皇は西洋のゴッドの意味での神ではない、それは「架空ナル観念」だと説いた。
米国はまた「日本は神道を国教 State Shinto とした」と非難した。戦時中、宮城遥拝はあったが、宗教の授業も神道の教育もない。それではたして国家宗教といえるか。「陛下万歳」とはナポレオン皇帝の部下も叫び、英国は今も「女王の海軍」と言う。
実は「神道とは何か」ときちんと教えられないからこそ、日本人は外国人に聞かれても返事できないのだ。家に仏壇も神棚もあるが二つの宗教をいうのを恥じて「私は無宗教」とごまかしたりする。
宗教観は国で違う。大統領選挙はフランスではカトリックと無宗教の人が競うが、ドイツでは新教と旧教が注目される。米国では「無宗教」は「不信心」と同じである。
それだけに日本人の半数が「無宗教」と答えるから米国人は驚く。それでいながら「無宗教」の人も寺では手をあわせる。正月には300万人が明治神宮に参拝する。クリスマスにバチカンに集まるカトリックよりも多い。本人に自覚はないが日本人は信心深いらしい。神にも仏にも祈る。
≪和を基本に置いた聖徳太子≫
身内がキリスト教の洗礼を受けるというから、「これから先、神棚にも手をたたいてお詣(まい)りをするかね」と聞いたら、「お詣りする」と答えた。
「それがいい」と言う私はお経を読まないが、それでも寺に寄ると賽銭(さいせん)をあげて合掌する。神前では威儀を正し、かしわ手を打つ。以前は寺にも神社にも祈る自分は何教か、とこそばゆく感じた。
とくに「日本は人口1億2000万人だが、神道は9100万人、仏教徒は8700万人で合計は1億7800万人。総人口より多い」と西洋人に皮肉られると、返答に窮し、「お宮さんは地域住民をみな氏子に、お寺さんは葬式の際に坊様を呼ぶ人は信徒に数えるから」などと自己卑下的に釈明した。
だが近頃は「同じ一人が神仏をともに拝んで悪いことはない。複数宗教の共存はいい」と思うようになった。
この平和共存は聖徳太子が十七条憲法第一条で「和ヲ以テ貴シトナス」と諭した七世紀に始まる。大陸文化導入を機に力を伸ばす蘇我氏と、それに敵対する物部氏との抗争を目撃した太子は、仏道を尊びつつも、一党の専制支配を懸念(けねん)し、支配原理でなく「以和為貴」という共存原理を国家基本法の第一条とした。
≪異教の習合は西洋にもあった≫
今度の新しい日本憲法も第一条でこの複数価値の容認を唱えるがいい。日本人の大多数は和の精神を尊ぶ。これは十戒の第一条に「汝我ノホカ何物ヲモ神トスベカラズ」という一神教の排他的な主張と違い、寛容の徳を説いているからだ。
神道は相手が複数価値の共存を認めるかぎり、他宗教を受け入れた。日本で仏教は神道化し、神道は仏教化した。社会で神仏の間におおむね融和が保たれてきた。仏教は伝教の際、土着の神に気をつかった。京都の寺には隅に必ず小さな祠(ほこら)があり八幡さまが祀(まつ)られている。八幡は武の神で古代西洋でいえば軍神マルスだ。
しかし都市国家フィレンツェはキリスト教を受け入れ、洗礼者ヨハネを守護聖人とした際、アルノ川の橋のたもとにあったマルスの像を異教の偶像として破壊した。それがよくなかった、そのたたりでフィレンツェは戦争にいつも負ける、とダンテは述べている。
神仏習合の日本では天照大神を大日如来とする本地垂迹(ほんじすいじゃく)説が行われたが、『神曲』煉獄篇六歌ではキリスト教のゴッドをギリシャ神話の最高神ゼウスだとして、その名で呼びかけている。西洋にも大宗教と異教の神話を習合させた時期はあったのだが、それを知る人は少ない。
世界が一つになる場合
異質的なものに対する理解と寛容ということ
これが絶対に必要だと思います
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歴史と文学に憧れの人はいるか
「【正論】歴史と文学に憧れの人はいるか 大阪大学名誉教授・猪木武徳」(産経新聞)
→ http://www.sankei.com/column/news/180727/clm1807270005-n1.html
ある国民が、自国が生み出したいかなる人物を理想的な人間像と考えるのかを問うことは、もはや時代遅れなのだろうか。国民にとって理想や憧れの人間像を語ることは時代錯誤だとの誹(そし)りも理解できなくもない。「グローバル人材」という奇妙な言葉が行政の文書に登場するようになると、国が理想的な人間像を国民に押し付けるのに違和感を覚えるのは当然であろう。
しかし憧れる人物を自国の歴史や文学の中に見いだせないということは、国民としての自尊の精神の喪失につながりかねない。
≪遠藤を驚かせたフランス人≫
1950年、作家の遠藤周作は27歳で文学研究のため、戦後の復興さなかのフランス・リヨンの大学に留学した。その遠藤が同じ大学で教授資格試験の準備をしている同年輩の若者と交わした会話を友人がメモしたもの(『フランスの大学生』所収)を読んで、理想の人間像について改めて考えさせられた。その会話のごく一部を抜き書きすると以下のようになる。
遠藤がフランス人の友人に「枕頭(ちんとう)の書」は何かと尋ねると、彼はカントの『実践理性批判』だと答える。哲学的によくわからないが、自分たちフランスの若い世代は、(第二次大戦で)現実の大きな力の前に無力感、宿命感を味わわされた。自分たちの良心の声は結局、無効なのだという悲しみを味わった。そんなとき、カントの、よし無償であり、報われることがなくとも、良心の必然命令に従わねばならぬという声は、自分に何か勇気と慰めをあたえてくれるという。
さらに遠藤が「古典では何が好きか」と尋ねると、その友人は、ギリシャ悲劇、ソフォクレスは何度も読み返している。17世紀の古典文学も、と答える。
意外に思った遠藤は、「君は、その17世紀のフランス古典文学が現在の君を支えると思うか」と問い返すと、フランスの青年には、17世紀からの、伝統的な人間タイプは郷愁なのですよ。特に現在のように、人間が分裂してしまっているときには、それは一つの郷愁になるのですと言うのだ。
この答えによって、遠藤はフランス人の間には、一つの理想的人間のタイプが長い文学伝統に存在し、そこから夢やヒューマニズムを養っているのだということに気づくのである。
≪「郷愁」を考えさせる機会がない≫
では日本はどうかと遠藤は自問する。自分たちの世代にはそういう理想的人間がどこを探しても見当たらない。だから否定の連続ばかりで、肯定ということがなかなかできないのではないか。
筆者には、この何気ない会話の中に、日本の教育が抱えもつ問題の一端が示されているように思われる。遠藤の感慨は、より強く現代のわれわれにも当てはまるのではないか。
「個性」の誇示が推奨されたとしても、「個性」がなぜ求められ尊重されねばならないのかを語ることはない。初等、中等、高等教育すべての段階を含む、まさに教育そのものの中に存在すべき「郷愁」「憧れ」といったものの意味を考えさせてくれる機会はほとんどないのだ。
この点に関して、20年ほど前、米国から筆者の勤務する大学に移ってこられた先生に薦められて読んだ内村鑑三の『代表的日本人』が思い出される。
西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人の5人の日本人の人物論である。国際感覚を持つナショナリスト内村が英語で書いた同書を、米国生活の長かったわたしの同僚の先生も、おそらく遠藤周作と同じような気持ちで読まれたのではなかろうか。
実証性という点では同書のベースは決して堅牢(けんろう)なものではない。しかし日本人の精神的な遺産と精神的な独立を尊重した内村が、5人の代表的日本人を取り上げながら日本人を西洋人に知らしめようとした姿勢には感動を覚える。そこには無反省な国粋主義ではなく、日本が生み出した偉人の精神の普遍性への内村の共感が強く表明されているからだ。
≪日本の偉人をもっと知るべきだ≫
筆者は内村の描いた二宮尊徳の思想と行動にいたくひかれ、小田原の報徳二宮神社や尊徳記念館・報徳博物館を訪れたことがあった。
報徳二宮神社で「経済なき道徳は戯言であり、道徳なき経済は犯罪である」と書かれた額を見たときは、いまだ世界はこの箴言(しんげん)を体得していないと思わざるを得なかった(ちなみに「経済」「道徳」「犯罪」という言葉が、江戸末の日常語ではないように思ったので、その出典は調べてみたが明らかにすることはできなかった)。
いずれにせよ、歴史においても文学においても、日本には誇るべき人物がいる。そうした日本の偉人についてわれわれはどれほど知っているのだろうか。
それは科学・技術に貢献した偉人に関しても言える。日本の小学生はエジソンはよく知っているが、田中久重や島津源蔵についてはあまり知らないのではないか。
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一日一言「永久に勝つ人」
八月一日 永久に勝つ人
勝敗はどちらにあるかと聞いたならば、賢い者とそうでない者とでは答えが違ってくる。馬鹿や狂人は負けても勝ったと喜ぶが、賢い知恵者は、そのときは負けたようにして永久に勝つものである。
負けて勝つ心を知れや首引きの
勝ちたる人の仆(たを)るるを見よ
坊ちゃん、かく語りき
困ったって負けるものか。正直だから、どうしていいか分からないんだ。世の中に正直が勝たないで、他に勝つものがあるか、考えてみろ。今夜中に勝てなければ、あした勝つ。あした勝てなければ、あさって勝つ。
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