“SELF HELP”
ミル曰く、「一国の貴(とうと)まるところの位価(いか)は、その人民の貴まるものの、合併したる位価なり」
ディズレーリ曰く、「世人つねに法度(ほうど)を信ずることは、分外(ぶんがい)に多く、人民を信ずることは、分外に少なきことなり」
1904年4月16日 サミュエル・スマイルズ 没。
「天はみずから助くるものを助く」(Heaven helps who help themselves.)。
彼の著した『自助論』“SELF HELP”は、明治初期に中村正直が『西国立志編』として翻訳し、福沢諭吉の『学問のすゝめ』と共に広く若者に読まれ、明治日本勃興の原動力となった古典的名著である。
格調高い中村正直の訳。
「天はみずから助くるものを助く」(Heaven helps who help themselves.)といえることわざは、確然経験したる格言なり。わずか一句の中に、あまねく人事成敗の実験を包蔵せり。みずから助くということは、よく自主自立して、他人の力によらざることなり。みずから助くるの精神は、およそ人たるものの才智の由りて生ずるところの根源なり。
わかりやすい竹内均さんの訳。
「天は自ら助くる者を助く」
この格言は、幾多の試練を経て現代にまで語り継がれてきた。その短い章句には、人間の数限りない経験から導き出された一つの心理がはっきりと示されている。自助の精神は、人間が真の成長を遂げるための礎である。自助の精神が多くの人々の生活に根づくのなら、それは活力にあふれた強い国家を築く原動力ともなるだろう。
久し振りに『自助論』。
竹内均さんの訳で。
第一章 自助の精神 ── 人生は自分の手でしか開けない!
1 成長への意欲と自助の精神
「天は自ら助くる者を助く」
この格言は、幾多の試練を経て現代にまで語り継がれてきた。その短い章句には、人間の数限りない経験から導き出された一つの心理がはっきりと示されている。自助の精神は、人間が真の成長を遂げるための礎である。自助の精神が多くの人々の生活に根づくのなら、それは活力にあふれた強い国家を築く原動力ともなるだろう。外部からの援助は人間を弱くする。自分で自分を助けようとする精神こそ、その人間をいつまでも励まし元気づける。
保護や抑制も度が過ぎると、役に立たない無力な人間を生み出すのがオチである。
どんなに厳格な法律を定めたところで、怠け者が働き者に変わったり、浪費家が倹約に励みはじめたり、酔っ払いが酒を断ったりするはずがない。自らの怠惰を反省し、節約の意味を知り、酒におぼれた生活を否定して初めて人間は変わっていく。
「外から支配」よりは「内からの支配」を政治とは、国民の考えや行動の反映にすぎない。
立派な国民がいれば政治も立派なものになり、国民が無知と腐敗から抜け出せなければ劣悪な政治が幅をきかす。国家の価値や力は国の制度ではなく国民の質によって決定されるのである。
われわれ一人一人が勤勉に働き、活力と正直な心を失わない限り、社会は進歩する。
われわれが「社会悪」と呼びならわしているものの大部分は、実は我々自身の堕落した生活から生じる。
法律を変え、制度を手直ししたからといって、高い愛国心や博愛精神が養えるわけでもない。むしろ、国民が自発的に自分自身を高めていけるよう援助し励ましていくほうが、はるかに効果は大きい。
すべては人間が自らをどう支配するかにかかっている。それに比べれば、その人が外部からどう支配されるかという点は、さほど重要な問題ではない。
暴君に統治された国民は確かに不幸である。だが、自分自身に対する無知やエゴイズムや悪徳のとりこになった人間のほうが、はるかに奴隷に近い。
人間が無知やエゴイズムや悪徳の束縛から逃れられるかどうかは、ひとえにその人間の人格にかかっている。そして国民一人一人の人格の向上こそが、社会の安全と国家の進歩の確たる保証となるのだ。
ジョン・スチュワート・ミルはその点をしっかりと見抜いている。彼はこう言った。
「人は専制支配下に置かれようとも、個性が生きつづける限り最悪の事態に陥ることはない。逆に個性を押しつぶしてしまうような政治は、それがいかなる名前で呼ばれようとも、まさしく専制支配に他ならない」
2 「努力はとぎれることなく引き継がれる」どんな国家であれ、幾世代にわたる人間の思想や活動の蓄積を経て現在の姿に発展してきた。社会の階層や生活の状態にかかわらず、たゆまず黙々と働いてきた人は多い。
現代の人間は、祖先の技術や勤勉によってもたらされた豊かな財産の後継者なのである。そして、われわれはこの財産を損なうことなく自らの責任において守り育て、次代の人々に手渡していかねばならない。
確かにどんな場合にも、他より抜きん出た力を発揮して人の上に立ち、世間の尊敬を一身に集める人物はいるものだ。だが、それほどの力を持たず名も知られていない多くの人たちでさえ、社会の進歩には重要な役割を果たしている。
たとえば、歴史上の大きな戦役で名を残すのは将軍だけだ。しかし実際には、無数の一兵卒の勇気あふれた英雄的な行動なしに勝利は勝ち取れなかったはずだ。人生もまた戦いに他ならない。
大切なのは一生懸命働いて節制に努め、人生の目的をまじめに追求していくことだ。それを周囲に身をもって示している人間は多い。彼らは、地位や力がどんなに取るに足らないものだとしても、現代はもとより将来の社会の繁栄に大きく寄与している。というのも彼らの生活や人生観は、意識するしないにかかわらず周りの人間の生活に浸透し、次代の理想的な人間像として広まっていくからだ。
最高の「教育」は日々の生活と仕事の中にあるエネルギッシュに活動する人間は、他人の生活や行動に強い影響を与えずにおかない。そこにこそ最も実践的な教育の姿がある。学校などは、それに比べれば教育のほんの初歩を教えてくれるにすぎない。
生活に即した教育は、むしろはるかに効果が高い。家庭や路上で、店や工場や農家で、そして人の集まるところならどこでも、毎日この生活教育は実践されている。
実際の仕事を学びながら人間性をみがき克己心を養うことができれば、人は正しい規律を身につけ、自らの義務や仕事をうまくこなしていけるようになる。
ベーコンはこう語っている。
「どんな学問や研究も、それ自体をどう使えばいいかについては教えてくれない。その一方、現実生活をよく観察すれば、学問によらずとも学問にまさる知恵を身につけることができる」人間は読書ではなく労働によって自己を完成させる。つまり、人間を向上させるのは文学ではなく生活であり、学問ではなく行動であり、そして伝記ではなくその人の人間性なのである。
そうはいっても、すぐれた人物の伝記には確かに学ぶところが多く、生きていく指針として、また心を奮い立たせる糧として役立つ。
立派な人間性を持った人物は、自助の精神や目的へ邁進する忍耐力、めざす仕事ややり抜こうとする気力、そして終生変わらぬ誠実さを兼ね備えている。
伝記は、このような貴重な人間の生涯をわかりやすい言葉で伝え、われわれが目標を成し遂げるには何が必要かをはっきり示してくれる。
また、主人公が恵まれてない環境から身をおこして名誉や名声を勝ち得るまでの歩みが生き生きと描かれ、読む者に自尊心や自信の大切さを痛感させる。
科学の分野にしろ文学や芸術の分野にしろ、偉人とたたえられる人物はどこか特定の身分や階層に属しているわけではない。大学を出た者もいれば、幼いうちから働いた者もいる。貧しい掘っ立て小屋の出もいれば金持ちの邸宅に生まれた者もいる。
きわめて貧しい境遇にもかかわらず最高の地位に上り詰め人物の例を見れば、どんなにきびしく克服しがたいような困難でさえ、人間が成功する上で障害とはならないとはっきりわかる。
多くの場合、このような困難は逆に人を助ける。つまり貧苦に耐えて働こうという意欲も起きるし、困難に直面しなければ眠ったままになっていたかもしれない可能性も呼びさまされるからだ。
このように、障害を乗り越えて勝利を勝ち得た人間の例は多い。それは「一志をもって万事を成し得べし」という格言をみごとに証明している。
「もし私が裕福だったら・・・・・・いまの私はない」ジェレミー・テーラーは詩才に恵まれた神学者である。リチャード・アークライトは多軸(ジェニー)紡績機を発明して綿工業発展の基礎を築いた。また、テンダテンは英国法院の主席裁判官として名高く、ターナーは風景画の巨匠である。だが、彼らはみな一介の床屋から身をおこしてその地位に達したのだ。
シェークスピアが劇作家として名を成す前の職業についてはいまだ不明である。だが、卑しい身分の出であることだけは疑いない。
天文学の発展に大きく貢献した人々の中にも、貧苦から身をおこした例は多い。
コペルニクスはポーランドのパン屋の息子だった。ケプラーはドイツの居酒屋の息子で、自らも酒場のボーイをやっていた。またダランベールは、冬の夜にパリの聖ジャン・ル・ロン教会の石段のところで拾われたみなし子で、ガラス屋のおかみさんに育てられた。ニュートンはイギリスのリンカンシャー州グランサム付近の小さな農家の息子であり、ラプラスはセーヌ川河口の町オンフルール近くの貧農のせがれだった。
富は、貧困よりむしろ人間の成長にとって障害となるほうが多い。
『西国立志編 原名・自助論 斯邁爾斯(スマイルス)著, 中村正直訳』(近代デジタルライブラリー) http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/755558/1
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