NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

「勇敢たれ、楽天的たれ、ムキになるな」

宝箱(?)から発見した、19、20歳、カナダで独り這いつくばって生きていた頃のメモより。

 ご多聞に洩れず、私もパブリック・スクール、イートン校の出身である。
 我が母校の教育方針は、


 「勇敢たれ、
  楽天的たれ、
  ムキになるな」


 というものであった。
 男の人生においてもっとも大事なのは、勇敢であるということだ。勇敢でなくて、どうして運命を拓いて行けるだろうか? 心がひるんだら、人生の戦いは終わりである。いったん負け癖がついたら、男はもう王道を歩んで行くことはできない。ただし誤解のないように断っておくと、勇気と蛮勇とをはき違えてはならない。進むも勇気なら退くも勇気なのである。ただやみくもに突き進めばいい訳ではないのだ。人生には心ならずも退かねばならないことがある。傍目にはカッコ悪く映るかもしれず、自分の沽券にかかわるように思えても、一歩下がって次の飛躍に備えねばらない局面があるのだ。こういう時に、後先も考えずに進むのは、蛮勇でしかない。蛮勇 ― 要するに、バカである。
 人は、万人注視の下ではヒロイックになれる。死ぬことさえする。が、本当の勇気とは誰の目もないところで苦しみや悲しみに耐え、生きて行くことだ。それが男なのである。その際、楽天的でなくてはならない。人生、悲観的なやつに拓かれることなく、幸運の女神もペシミストのドアにノックはくれないのである。が、どうしたら楽天的たり得るのか? 人生の悲劇のひとつは、記憶の重荷である。 ― と言ったのはサマセット・モームだが、あらゆる嫌な記憶を忘れる修練を常に欠かさないこと、この一点に尽きると言っていい。
 ムキになるな。人間、ムキになると思考が停止する。バカ同然になる。バカは、粋ではない。なにより私は、無粋を恥じる。私はイートン校の落とし子である。


── ほら吹き准男爵 サー・アンソニー・ブランメル・バート