NAKAMOTO PERSONAL

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「宿命」は変えられるのか?

「『宿命』は変えられるのか?『脳は環境が作るか、遺伝子が作るか』問題」(現代ビジネス)
 → http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55581

性格を決めるのは、環境か遺伝か……普通の人が考え抜いても答えの出ないこの「難問」に、脳科学の現場からはいくつもの「ヒント」が提示されています。『サイコパス』『シャーデンフロイデ』などのベストセラーの著者で、脳科学者の中野信子さんが「日本人の脳」について解説する連載第二回目では、この難問に迫ります――。


性格も遺伝で決まるのか
カエルの子はカエル、という言い方があります。フランス語にも同様の意味で使われるLes chiens ne font pas des chats(犬は猫を産まない)という表現が、英語にもLike father, like son(この親にしてこの子あり)という成句があります。いずれも「子どもは外見だけではなく嗜好や言動も親に似る」という意味を持った言い回しです。

こうしたフレーズが複数の国で、それぞれ独自の表現として成立してきた、ということは、同様の現象が洋の東西を問わず広く観察されてきたということを示すものでしょう。

子どもは両親の遺伝子を半分ずつ受け継いでいます。父母どちらから受け継いだものがより発現しやすいのか、形質によって差はありますが、「髪にくせがある」「お酒に強い」など子の容姿や体質が親に似てしまうのはみなさんもよくご存じのとおりでしょう。

ただこうした形質ばかりでなく、性格的な部分も、子は親に似てしまうように見える例がしばしば観察されます。性格とは、遺伝的に決定されてしまうものなのでしょうか? それとも、親からの育てられ方や環境によって決まるものなのでしょうか?

米国のジェフリー・ランドリガンという犯罪者の例を見てみましょう。彼は1962年生まれですから、そう昔の人物というわけではありません。

ジェフリーは生まれてすぐに養子に出され、それなりに裕福な環境で育てられました。ジェフリーは、感情の制御ができず、すぐに癇癪を起こす子どもでした。

また、惑溺しやすい質でもあったようで、わずか10歳で酒びたりになってしまい、11歳になると強盗事件を起こして逮捕されました。その後は、薬物中毒になり、殺人を犯して収監されますが、脱獄してさらに殺人を犯し、再逮捕されてしまいます。

死刑囚として過ごしていたアリゾナで、同じく収監されていた囚人から、ジェフリーは「アーカンソーでお前とよく似た詐欺師に会ったよ」という奇妙な話を聞きます。外見ばかりでなく、言動もジェフリーによく似ていたというこの人物こそ、彼の実の父親だったのです。この人もまた、薬物の常習者で犯罪を重ねており、脱走歴もあったといいます。

さらには、そのまた父、つまりジェフリーにとっては祖父に当たる人物も、同じように強盗事件を起こし、ジェフリーの父の目の前で射殺されていたのです。


「幸福度」にも遺伝が関係…?
犯罪心理学者のレインは、双子を対象とした研究の結果、子どもの反社会的行動の40%から50%は、遺伝によって説明できると主張しています。さらに、両親、教師、同世代の友達という3者の情報提供者の評価を平均して、対象となる子どもが実際どのように行動しているかを抽出したところ、環境要因はわずか4%に過ぎず、残り96%が遺伝によるものであったとしています。

また、同じく心理学者のメドニックは、デンマークにおける養子の犯罪を調査し、犯罪者を実の両親に持つ養子が成人後に犯罪者になる割合を、非犯罪者を実の両親に持つ養子よりも高いとしています。

イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドン発達精神病理学教室教授のヴィディングが双子の幼少期の成長に関する研究をし、顕著にサイコパス的な特徴を持つ双子の反社会的行動は遺伝の強い影響を受けており、要因の81%が遺伝性である、としました。

ただ、こうした調査結果は注意深く取り扱う必要があります。この記事を読まれた方も、人権への配慮ということを念頭に置いて情報を取り扱っていただけたらと願います。

さて、反社会的傾向に関するデータばかりでなく、幸福の感じ方(幸福度)といった一般的には数値化しにくいと考えられている尺度についての調査もあります。個人の幸福度には遺伝的な影響があるのでしょうか。あるとすればその影響はどの程度なのでしょうか。

行動遺伝学者のリッケンとテレゲンらのグループによって行われた「幸せな双子の研究」と呼ばれる有名な双子研究があります。彼らはミネソタ双生児登録からデータを入手し、ミネソタ州で生まれた双子たちを追跡調査しました。

その結果、一卵性双生児のうちのひとりの幸福度を調べれば、もうひとりの幸福度の値がほぼ推定できる、ということがわかりました。一卵性双生児の幸福度は、環境が違っていても似通っていたのです。また環境要因として、収入額、配偶者の有無、職業、宗教などについても調査されています。

収入額が幸福度の変化に与える影響は2%以下、配偶者の有無が与える影響は1%以下でした。職業、宗教の影響が小さいことも明らかになりました。


「幸福にしてやろう」は非人道的…?
二卵性双生児のデータを見てみると、一卵性双生児とは異なり、お互いの幸福度はあまり似通っていませんでした。このデータは、幸福度はひとりひとりあらかじめ遺伝的に決まった設定値が受け継がれているのであり、環境要因の影響を受ける部分はごくわずかである、という主張を支持するものです。

「幸せな双子の研究」から、一卵性双生児の幸福度がほとんど同じであり、環境要因の影響を受けにくいということがわかったわけです。他にも多くの双子研究が行われていますが、その結果から、双子について研究している近年の研究者たちは「幸福度は少なくとも50%が遺伝的に決まる」と考えています。

膨大な双子研究のデータには、一卵性双生児であるけれども幼いころから養子として別々の家庭で育った、という条件の被験者の情報も含まれています。まったく異なる環境で、お互いの存在さえ知らなかったのに、学校の成績や職業、乗っている車の車種、好きなタバコの銘柄、離婚歴、果ては妻と子どもの名前(好きだから名づけた)まで一緒だった双子の例も知られています。

ものごとに対する感じ方や考え方の大きな部分が遺伝する(遺伝の影響を大きく受ける)というのは非常に興味深い知見と言えるでしょう。

このことを前提とすると、毎年のように話題になる国連の世界幸福度報告での「日本人の幸福度の低さ」についても、対応策の講じ方が変わってくるはずです。その生理的な特質により、日本人の幸福度は、ある一定以上高めることは難しい、ということをあらかじめ知ったうえでなければ多くの努力は無駄になってしまうことでしょう。

そもそも幸福度が高くなりにくい性質をわざわざ保持している人たちがマジョリティとなるような集団では、幸福度が高いことが生存に不利になる可能性があることを考慮すべきです。

にもかかわらず、敢えてそのありようを変更させて幸福度を高めてやろうとするのは、せっかく環境に適応している個体に対して、外部から無茶な操作を加えてバランスを崩すということにもつながります。

「『幸福』にしてやろう」とその個体に強制的に生存・繁殖上、不利益となる行動をとらせようとする、非常に極端な言い方をすれば、非人道的な行為とも言えるわけです。


真面目さが日本人の長寿の秘密?
さて、反社会的行動を促進する形質や、幸福度を高める形質について、詳細は次回以降にまた譲るとして、これらは『性格遺伝子』と一括りに呼ぶことのできる、脳内に分泌される神経伝達物質の動態を決める遺伝的資質によってかなりの部分が決まっています。

例えば反社会的行動であれば、ブックホルツとマイヤー、またニルソンらによる研究から、モノアミン酸化酵素(MAOs)の活性の違いによって説明できることが示されてきました。活性が低いタイプのモノアミン酸化酵素の遺伝子を持っている人ほど、放火やレイプなど、衝動をコントロールする力が欠如していると考えられる性質を持っていたのです。

また、幸福度の高さに関しては、どれくらい陽気で楽観的な性質かと言い換えてもよく、セロトニンの動態と深く関係しています。また真面目で慎重であることと悲観的であることも同じ生理的基盤を共有していると考えてよいでしょう。

セロトニンの動態に関しては、日本人はやや特異的な性質を持った集団ということができます。真面目さや幸福度の低さにかかわる『性格遺伝子』に着目すると、世界的にみても特色のある割合になっているのです。どちらかといえば悲観的になりやすく、真面目で慎重であり、粘り強い人たちであることを示す遺伝的性質を持っています。

ところで、幸福度を高めてやることがその人の寿命を縮めることになりかねない、という考え方はパラドキシカルで、やや独特な感じがすると思いますが、私は個人的にこのパラダイムを非常に気に入っています。

この考え方を支持する根拠となる、スタンフォード大学のターマンのリサーチがあります。1921年に開始され、80年の間調査が続けられ、弟子のフリードマンがその研究を完成させたものです。研究では、10歳前後の児童1528人を対象に性格を分析し、その後どのような人生を歩んでいくのか、5~10年おきにインタビューが行われました。

その結果、まずは定期的な医療検査や適度な運動、サプリメント緑黄色野菜の摂取などは長寿に関係ないことがわかりました。肉体的な健康を保持するための努力はあまり意味がなかったということでしょう。

一方、長寿者には共通する「性格」が見つかりました。良心的で、慎重であり、注意深く、調子に乗らない。いわば真面目で悲観的な性格を持っていることが、長寿との相関が高かったのです。

逆に、長寿でなかった人に共通するのは、陽気で楽観的であるという性格でした。調査では01年の段階で、男性の70%、女性の51%が他界していましたが、この真面目さのスコアの低い人が最も多く亡くなっていたのです。

このデータが示しているのは、本人にとってはつらく感じられるかもしれない「真面目で悲観的な性格」が、実は本人の命を守るための性質であった、というごくシンプルな事実です。慎重で、リスクをきちんと見極め、それを回避できる能力を持っている、ということが長く生き残るためには重要な性質である……考えてみれば当たり前の話かもしれません。

ただ、私たちの脳は、そんな単純なことさえ冷静に考えてみることが難しいほど、日々のタスクに追われ、ひとつひとつの出来事に翻弄されてしまいます。

瞑想が大脳新皮質の容積を増やすという研究もあるようです。時には、遠くから自分のことを客観的に見つめ、自分の心の動き、脳の働きについてしみじみと思いをめぐらせる時間を持つのも悪くないのではないでしょうか。