愛する詩人の祭典のために
彼の死ほど物欲しさうでない死はない。死ぬことは、彼にはどうでもいいことだつた。すべてはただ生きることに尽されてゐた。彼の生は「死」の影がすこしも隠されてゐない明るさのために、あまりにも激しく死に裏打されてゐた。生きることはただ生きることそれだけであるために、彼の生は却つて死にみいられてゐた。だから、彼の死は自然で、すこしも劇的でなく、芝居気がなく、物欲しさうでないのだ。即ち純粋な魂が生きつづけた。死をも尚生きつづけた。さうではないか、牧野さん。生きるために自殺をするといふのは多くの自殺がさうであるが、牧野さんは自殺を生きつづけたと言ふべきである。彼は生きつづけてしまつたのだ。明るい自殺よ。彼の自殺は祭典であつた。いざ友よ、ただ飲まんかな。唄はんかな。愛する詩人の祭典のために。
── 坂口安吾(『牧野さんの祭典によせて』)
昭和11年3月24日 牧野信一 没
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