NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

歯医者の日

今日は歯医者の日。

歯医者通いが続くと、本を読んでも『歯』が目に付く。


山本七平の場合。

 父は非常に歯がよかった。八十八歳の天寿を全うするまで、「入れ歯なし」である。ところがどういうわけか私は歯が弱かった。「歯医者さん」の門をくぐったのは小学校に入る前で、母に手をひかれて行ったのだから、五、六歳だったのであろうか。
 いま「門をくぐった」と書いたがこれは象徴的な意味でなく、その歯医者さんの家は立派な門のある普通の住宅で「医院用」に建てられたものではなかった。いわば当時のやや高級な和洋折衷型の家、終戦後は殆どお目にかからないタイプの家である。そして玄関が待合室、隣接した様式の応接間を改造したのが治療室であった。
 何しろもう六十年近い昔のことだから、私の記憶に誤りがあるかもしれないが、まだ幼年期を脱していない一少年の目に映った「歯医者さん」の印象を記憶のまま記してみよう。
 当時は蛍光灯がないから、治療室は余り明るくない。そこの椅子の傍らに、口髭をつけた黒ぶちのロイド眼鏡をかけ、白衣を着た歯医者さんが立っていた。今も変わらないのは、この白衣だけであろうか。当時の歯医者さんは必ず額に丸い大きな凹面鏡をつけ、その中心部には円孔があった。この凹面鏡はだれにでも非常に印象的であったしく、当時のマンガでは、この凹面鏡をつけていれば、説明抜きで歯医者さんであった。
 当時の椅子はもちろん今のように立派ではなかった。スイッチ一つでベッドのようになってしまう椅子など、まだ世界のどこにも無かったであろう。今の車にはシートの上端に、むち打ち症予防の枕のようなものがついている。あれの小型でもっと固いものが椅子の背についており、これを上下させる仕組みになっていた。いわば患者の身長に応じてそれを上下させる。患者は首筋をそれに乗せ、顎を高くあげて、口をアーンと開く。
 しかし何より印象的だったのは、椅子の側に立つ背の高い機械で、それには下に大きな車があり、それと上の小さな車に紐のようなベルトがかかっていた。一昔前の足踏み式のミシンと同じ原理で、歯医者さんが片足で踏板を踏むと車がまわり、それがベルトを伝って、専門用語では何というか知らないが、あの、歯をがりがり削る針とも錐ともやすりともつかないものを高速でまわすのである。
 足で踏むから、クランクシャフトのところが、ガタン、ガタン、と一定のリズムで音を立てる。すると歯医者さんは額の凹面鏡を動かして、ここと思う所に光を集中させ、ガリガリと歯を削る。ガタン、ガタン、ガリ、ガリ、「あっ、痛い」──これが大体、当時の歯医者さんなるものへの、子供の印象であった。

── 山本七平『人生について』


今の時代で良かった .....。


『2012年09月10日(Mon) 歯痛と自殺と』 http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20120910
『2012年08月20日(Mon) 『歯』』 http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20120820




日本人とユダヤ人 (角川文庫ソフィア)

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聖書の常識 (山本七平ライブラリー)

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日本資本主義の精神 (B選書)

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