NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

靴磨き

after / before


旅人に曰く、

新しすぎる靴はいやだよ。

── スナフキン(『スナフキンの名言集』)

遊歩大全 (ヤマケイ文庫)

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歩く (一般書)

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一日一言「最高の知識」

七月二十日 最高の知識


 知識には限りがある。いかに専門家といえども、自分の専門のことでも知らないことは多い。賢い人は一を聞いて十を知れば、また知らないことが多く出てくるものである。自分にはまだまだ勉強不足と思っている人が、最も賢い人である。


  知らざるを知らずとするを智者と知れ
      知らぬを知ると思ふこそ無智

  磨きなば磨いただけに光るなり
      性根玉でも何の玉でも

── 新渡戸稲造(『一日一言』)

私は知らないことを知っている。
無知の知

翁にも曰く、

 知らないことには二種ある。全く知らないことと、よく知らないことの二種である。人は全く知らないことでさえ、知ったかぶりして教えようとする。すこし知ることなら得意になってなお教えようとする。

── 山本夏彦(『何用あって月世界へ』)

数ヵ月振りのフットサル。

「『愛日家』からのメッセージ」

「【産経抄靖国参拝欠かさず、司馬さんに挙手の礼…『愛日家』からのメッセージ」(産経新聞
 → http://www.sankei.com/column/news/170719/clm1707190003-n1.html

 司馬遼太郎さんは、『台湾紀行』の取材の案内役として当初大学院生を考えていた。ところが、紹介されたのは実業家として成功する蔡焜燦(さいこんさん)さんである。「えらすぎる」。そんな司馬さんの戸惑いを見透かしたように、蔡さんは初対面で驚きの行動に出た。

 挙手の礼をもっての挨拶である。日本統治時代の台湾に生まれた蔡さんは戦時中、志願して陸軍少年飛行兵となる。陸軍航空整備学校で世話になった教官が、当時陸軍少尉だった司馬さんの同期にあたるという。司馬さんは“上官”として答礼せざるを得ない。敬礼、答礼は2人だけの挨拶として続いた。

 戦後台湾に帰った蔡さんの経歴はめまぐるしい。小学校の体育の教師、発電ランプの販売、うなぎやえびの日本への輸出、そして電子会社の経営である。「愛日家」を自任する蔡さんは、「『大和魂』で艱難(かんなん)辛苦を乗り越えてきた」結果と振り返る。その蔡さんの訃報が届いた。90歳だった。

 『台湾紀行』は、日本と台湾の両方でベストセラーとなる。「老台北(ラオタイペイ)」の愛称で登場する蔡さんは、すっかり有名人となった。『紀行』をきっかけにして、李登輝元総統との交友も深まり、公式の席で日本語で会話する姿も見られた。

 蔡さんは、台湾を訪れる日本人の若者をしばしば食事に招いた。歴史から和歌などの文芸、剣道に至るまで、日本文化の博覧強記ぶりを見せつけたあと、こう諭すのが常だった。「食事の礼として、君は祖国を愛しなさい」。

 もっとも、日本への苦言も忘れない。来日のたびに靖国神社参拝を欠かさない蔡さんにとって、自国をさげすむ歪曲(わいきょく)した歴史観は看過できなかった。その思いの丈をぶちまけた著書『台湾人と日本精神』は、ロングセラーを続けている。

街道をゆく 40 台湾紀行 (朝日文庫)

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新装版 台湾人と日本精神: 日本人よ胸を張りなさい

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