NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

マキャベリは実際に何を言っていたのか?

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君主論 (岩波文庫)

君主論 (岩波文庫)

 わたしがここに書く目的が、このようなことに関心をもち理解したいと思う人にとって、実際に役立つものを書くことにある以上、想像の世界のことよりも現実に存在する事柄を論ずるほうが、断じて有益であると信ずる。
 古今東西多くの賢人たちは、想像の世界にしか存在しえないような共和国や君主国を論じてきた。しかし人間にとって、いかに生きるべきかということと、実際はどう生きているかということは、大変にかけ離れているのである。
 だからこそ、人間いかに生きるべきか、ばかりを論じて現実の人間の生きざまを直視しようとしない者は、現に所有するものを保持するどころか、すべてを失い破滅に向かうしかなくなるのだ。
 なぜなら、なにごとにつけても善を行おうとすることしか考えない者は、悪しき者の間にあって破滅せざるをえない場合がおおいからである。
 それゆえに、自分の身を保とうと思う君主(指導者)は、悪しき者であることを学ぶべきであり、しかもそれを必要に応じて使ったり使わなかったりする技術も、会得すべきなのである。

── 『君主論』(塩野七生マキアヴェッリ語録』)

マキアヴェッリ語録 (新潮文庫)

マキアヴェッリ語録 (新潮文庫)

一日一言「死は待つもの」

六月十七日 死は待つもの


 ぼんやりと考えていればこれほど恐ろしいものはないが、よくよく考えてみれば、これほど切ないものはないと思うのは、死である。深く考えれば鬼のようであるが、さらに深く考えてみると、これは天の使いではなかろうか。そうであれば、死はいつ来てもよいように、これを待たなければならないが、自分から死を迎えてはならない。


  かほどまで偽多き世なれども
      死ぬるばかりは偽でなし

── 新渡戸稲造(『一日一言』)


安吾センセに曰く、

 人生とは銘々が銘々の手でつくるものだ。人間はかういふものだと諦めて、奥義にとぢこもり悟りをひらくのは無難だが、さうはできない人間がある。「万事たのむべからず」かう見込んで出家遁世、よく見える目で徒然草を書くといふのは落第生のやることで、人間は必ず死ぬ、どうせ死ぬものなら早く死んでしまへといふやうなことは成り立たない。恋は必ず破れる、女心男心は秋の空、必ず仇心が湧き起り、去年の恋は今年は色がさめるものだと分つてゐても、だから恋をするなとは言へないものだ。それをしなければ生きてゐる意味がないやうなもので、生きるといふことは全くバカげたことだけれども、ともかく力いつぱい生きてみるより仕方がない。

── 坂口安吾(『教祖の文学』)

われわれは死者を会議に招かねばならない。

 伝統とは、あらゆる階級のうちもっとも陽の目を見ぬ階級、われらが祖先に投票権を与えることを意味するのである。死者の民主主義なのだ。単にたまたま今生きて動いているというだけで、今の人間が投票権を独占するなどということは、生者の傲慢な寡頭政治以外の何物でもない。伝統はこれに屈服することを許さない。あらゆる民主主義者は、いかなる人間といえども単に出生の偶然により権利を奪われてはならぬと主張する。伝統は、いかなる人間といえども死の偶然によって権利を奪われてはならぬと主張する。正しい人間の意見であれば、たとえその人間が自分の下僕であっても尊重する──それが民主主義というものだ。正しい人間の意見であれば、たとえその人間が自分の父であっても尊重する──それが伝統だ。民主主義と伝統──この二つの観念は、少なくとも私には切っても切れぬものに見える。二つが同じ一つの観念であることは、私には自明のことと思えるのだ。われわれは死者を会議に招かねばならない。古代のギリシア人は石で投票したというが、死者には墓石で投票して貰わなければならない。

── G.K.チェスタトン『正統とは何か』

1936年6月14日 ギルバート・キース・チェスタトン 没。


 正統派保守思想家、ORTHODOXY。


伝統とは、
われらが祖先に投票権を与えることを意味するのである。死者の民主主義なのだ。
単にたまたま今生きて動いているというだけで、今の人間が投票権を独占するなどということは、生者の傲慢な寡頭政治以外の何物でもない。

 彼がいわんとしたのは死者たちの残した伝統精神を引き受けずに投票しても、そんなものには英知が籠らないということにほかならない。

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 彼がコモン・エレクション(普通選挙)のために奔走した人間であればこそ、この墓石投票という言葉に格別な意味が含まれている。つまりコモン(共通)の土俵を時間軸において引き延ばして、死者たちの伝え残せし意志にも投票権を与えよと彼はいってのけたのである。ところで、なぜ彼は未来の子孫たちについて言及しなかったのか。それは、やはり、「過去のほうが未来よりも重い」、なぜなら「言葉の用法とそれに含められる意味合はかならず過去からやってくる」、そして「未来への想像力すら過去の経験にもとづいている」からだとしか考えられない。

── 西部 邁(『保守の真髄』)


正統とは何か

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思想の英雄たち―保守の源流をたずねて (角川春樹事務所 ハルキ文庫)

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ブラウン神父の童心 (創元推理文庫)

ブラウン神父の童心 (創元推理文庫)

一日一言「年配者に対する礼」

六月十三日 年配者に対する礼


 長老に無礼なことをすれば長老を追い越したと思う人もいるし、陰で大臣の名前を呼び捨てにすれば、自分の位が高いものだと思い、上官をののしれば、それで上官以上の才能があると思い、教師の悪口を言えば、それで教師より学問を極めたと思うのは、ものの道理を知らないからである。


   礼敬を常に忘るる人として
       上下を知る人ぞ人知る

   なべて照る月の光にさまざまの
       影こそかはれ野辺の秋草

── 新渡戸稲造(『一日一言』)


『次室士官心得』より。

  • 礼儀正しく、敬礼は厳格にせよ。 次室士官は、「自分は海軍士官の最下位で、何も知らぬものである」と心得、譲る心がけが大切だ。親しき中にも礼儀を守り、上の人の顔を立てよ。よかれあしかれ、とにかく「ケプガン」を立てよ。
  • 少し艦務に習熟し己が力量に自信を持つ頃になると、先輩の思慮円熟なるが却って愚と見ゆる時来ることあるべし。これ即慢心の危機に臨みたるなり。この慢心を断絶せず増長に任し、人を侮り自ら軽んずる時は、技術学芸共に退歩し、終わりに陋劣の小人たるに終わるべし。
  • 何につけても分相応と言う事を忘れるな。次室士官は次室士官として、候補生は候補生として、少尉中尉各分あり。
  • 諸整列が予め分かっている時、次室士官は下士官兵より先に其の場所に在る如くせよ。
  • 艦内で種々の競技が行われたり、また演芸会など催される祭、士官はなるべく出て見ること。下士官兵が一生懸命にやっているときに、士官は勝手に遊んでおるというようなことでは面白くない。
  • 上下の区別を、はっきりとせよ。親しき仲にも礼儀を守れ。 自分のことばかり考え、他人のことをかえりみないような精神は、団体生活には禁物。自分の仕事をよくやると同時に、他人にも理解を持ち、便宜を与えよ。

 「次室」とは士官次室、英語で、ガンルーム、少尉候補生、少尉、中尉たちのラウンジといふか、公室です。此の、ガンルームを公室とする若手士官たちの日常心掛けるべき事項を列挙したものが、すなわち「次室士官心得」でして、民間の企業でいえば新入社員心得帖みたいな小冊子なのです。いろんな細かなことが書いてあって、説教くさいと言えば説教くさいんだけど、海軍を知らない人が想像しそうな、滅私奉公、命を捨ててお国のために尽くすと覚悟とか、そんなしかつめらしい項目はほとんど無しです。

── 阿川弘之著(『高松宮と海軍』)

高松宮と海軍

高松宮と海軍

海軍の「士官心得」―現代組織に活かす

海軍の「士官心得」―現代組織に活かす

一日一言「小早川隆景の壁書」

六月十二日 小早川隆景の壁書


 小早川隆景は慶長二年(西暦一五九七年)の今日、六十五歳で亡くなった。彼の教訓である。

  • おもしろの春雨や、花のちらのほど。
  • おもしろの儒学や、武備のすたらぬほど。
  • おもしろの武道や、文学をわすれぬほど。
  • おもしろの酒宴や、本心を失なはぬほど。
  • おもしろの遊芸や、辱をとらぬほど。
  • おもしろの好色や、身をほろぼさぬほど。
  • おもしろの利慾や、理義の道ふさがらぬほど。
  • おもしろの権力や、他をほこらぬほど。
  • おもしろの釈教や、世理を忘れぬほど。

── 新渡戸稲造(『一日一言』)