NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

登山者路上駐車「困った」塩谷丸山

「登山者路上駐車『困った』 小樽・塩谷丸山 住民『買い物諦めたことも』」(北海道新聞
 → https://www.hokkaido-np.co.jp/article/139623/

 週末に小樽市内外から多数の登山者が訪れる人気の低山、塩谷丸山(629メートル)で、登山口近くの路上駐車に住民から苦情が出ている。住民が車庫から車を出せなかったり、緊急車両の通過幅を確保できない事態も。塩谷丸山下町会の会長小池光男さん(67)は「登山にはできるだけJRで来てほしい。駐車スペースの確保も必要」と訴えている。

 塩谷丸山は1時間半ほどで登頂でき、石狩湾や積丹半島の雄大な眺めを堪能できる。登山口近くには8台ほど駐車できるスペースがあるが、週末はすぐに満車になる。家族連れなど登山者は次々、幅員7・27メートルの傾斜の急な市道(清水沢分線)に車を止める。道沿いには民家が7軒あり、体育の日の9日には13台が斜めに駐車。道路の余地は狭い所で約2・5メートルしかなかった。駐車は禁じられていないが、幅3・5メートル以上の余地を残さなければ道路交通法違反となる。

 小池さんは「登山ブームで、車で来る登山客が増えた。近所の高齢夫婦が、車を出せず買い物に行くことを諦めたこともある」と話す。混雑する日は車の列が150メートルにもなるという。

日本を貶める日本人

「【産経抄】日本を貶める日本人をあぶりだせ 10月19日」(産経新聞
 → http://www.sankei.com/column/news/171019/clm1710190003-n1.html

 日本の新聞記者でよかった、と思わずにはいられない。地中海の島国マルタで、地元の女性記者が殺害された。車に爆弾を仕掛けるという残虐な犯行である。彼女は「タックスヘイブン」(租税回避地)をめぐる「パナマ文書」の報道に携わり、政治家の不正資金疑惑を追及していた。マルタとはどれほど恐ろしい国か。

 今年4月に発表された「報道の自由度ランキング」では47位、なんと72位の日本よりはるかに上位だった。ランキングを作ったのは、パリに本部を置く国際ジャーナリスト組織である。日本に対する強い偏見がうかがえる。一部の日本人による日本の評判を落とすための活動が、さらにそれを助長する。

 米紙ニューヨーク・タイムズに先日、「日本でリベラリズムは死んだ」と題する記事が載っていた。日本の大学教授の寄稿である。安倍晋三首相の衆院解散から現在の選挙状況までを解説していた。といっても、随所に左派文化人らしい偏った主張がみられる。

 憲法をないがしろにして軍事力の強化を図る首相の姿勢は、有権者の支持を得ていない。最大野党の分裂のおかげで自民党が勝利するものの、政治はますます民意から離れていく、というのだ。米国人の読者が抱く日本のイメージは、民主主義が後退する国であろう。

 特定の政治的主張だけを取り上げる、国連教育科学文化機関(ユネスコ)には、困ったものだ。いよいよ問題だらけの慰安婦関連資料の登録の可能性が強まっている。田北真樹子記者は昨日、登録されたら脱退して組織の抜本改革を突きつけろ、と書いていた。

 そもそも国連を舞台に、実態からかけ離れた慰安婦像を世界にばらまいたのは、日本人活動家だった。何ということをしてくれたのか。

日本を蝕(むしば)む人々 平成の国賊を名指しで糺す

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悪魔の思想―「進歩的文化人」という名の国賊12人

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一日一言「細心大胆」

十月十八日 細心大胆


 気が弱くては物事は成功しない。精神を強くして勇気を持てば、おおかたの物事には負けない。百の鬼が襲ってきても、なんのこれしきのこと思ってにらめば、鬼は意外と弱いものである。だが、こちらが弱みを見せれば調子にのって襲うのが鬼どもの戦略である。


  気は強く決心堅く慾薄く
      こゝろは細く肝は太かれ

── 新渡戸稲造(『一日一言』)


帝国海軍にも曰く、

  • 次室士官は一艦軍規風紀の根元、士気元気の源泉たることを自覚し、青年の特徴元気と熱、純心さを忘れずに大いにやれ。
  • 宏量大度精神爽快なるべし。狭量は軍隊の一致を破り、陰鬱は士気を沮喪せしむ。急がしい艦務の中にのびのびした気分を決して忘れるな。細心なるはもちろん必要なるも「こせこせ」することは禁物なり。
  • おずおずして居ては何も出来ぬ。図々しいのも不可なるも、さりとておずおずするのは尚見苦しい。信ずるところをはきはき行っていくのは我々にとりもっとも必要である。

── 『次室士官心得』

『2014年05月27日(Tue) 海軍記念日』 http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20140527

「擬似正義は社会の歪みもたらす」

「【正論】擬似正義は社会の歪みもたらす 現在の価値で歴史を裁断する『政治的公正』を疑う 東京大学名誉教授・平川祐弘」(産経新聞
 → http://www.sankei.com/column/news/171016/clm1710160004-n1.html

 アンソニー・リーマンは1932年チェコで生まれ、ドイツ占領下と共産党支配下で育った。ソ連の侵入後、脱出し日本の大学へ留学したら教授が共産圏を天国のように話す。落胆しカナダへ亡命し、トロント大教授となり『万葉集』のチェコ語訳を完成。奈良で表彰され「生まれ変わったら日本人になりたい」と言った。

 今度出た英文の自伝 Eternal Pillow of Grass は面白い。もはや遠慮せずに語っている。題の『永遠の草枕』は、「父母も 花にもがもや草枕 旅は行くとも 捧(ささ)ごて行かむ」に由(よ)る。「父母も花であってほしい。その花を捧げて草枕の旅を続けたい」と万葉の歌に託して亡命者の心情を述べた。


≪『風と共に去りぬ』はタブーか≫

 リーマンが来日したころ、欧州留学から帰国した私も、新聞や知識人が共産圏に色目を使う日本で孤独に感じた。だが後に北米でも別種の政治的禁忌(タブー)があるのがうっとうしかった。リーマンもそんな「ポリティカル・コレクトネス」に反発する。

 例えば『風と共に去りぬ』を認めぬ米国の文学教授にリーマンは立腹する。批評家E・ウィルソンは南北戦争を扱った評論『愛国の血糊』でミッチェルの大作を無視した。黒人の女中マミーは献身的にオハラ家に仕え、戦後の奴隷解放にかえって戸惑う。それはありうる心理と思うが、ウィルソンはそれを南部の神話と一蹴した。奴隷制は悪で、その解放が善である以上「政治的公正」にそむく文学は認めない人もいる。

 『風と共に去りぬ』を私が夢中で読んだのは敗戦の年だった。東京は焼け野原、南部のアトランタも焼け野原。そんな戦後、闇商人のレット・バトラーは男前で(映画ではクラーク・ゲーブル)、バイタリティーに魅力があった。スカーレット・オハラは突然入ってきた北軍将校を銃で撃ち殺す。彼女の野性の力に圧倒された。


≪「正しさ」言い張り全てを裁断≫

 米国には「これが正しい」と言い張る勢力があり、現在の価値基準で歴史も文学も裁断する。だがそんな「政治的公正(ポリティカル・コレクトネス)」を私は疑う。米国を一日本少年に印象づけた一冊の本は『風と共に去りぬ』だと言ってきた。

 米国到着当初は英語になれようと、毎晩声に出して Gone  with the Wind を読んだ。

 バージニア州シャーロッツビルへ行った帰りに、南軍の総司令官リー将軍の広壮な館を見て、印象を深くした。小説に出てくるドッグウッドの花が夕闇に白く咲いていた。

 戦後の日本には口にしてはならぬ話題があり、例えば神道はタブーだった。だが故郷の中欧の霊的伝承を聞いて育ったリーマンは、日本の土着信仰に愛着を覚え、神道の重要性を指摘する。その辺が宣教師系統の英米学者の神道に対する無理解と違う。

 思うに英語圏で戦後、小泉八雲ことハーンが無視されたのも、ハーンが出雲の神道風俗を描き、アニミズムの霊の世界を怪談で英語に再話し、神道を日本解釈の基礎に置いたからだろう。

 「政治的公正」の禁忌を破ると反撃が怖い。だが戦死者の慰霊を考える際、無宗教の千鳥ケ淵で死者の魂が鎮まるのか。そうあやぶんで、私は神道的見地から弁明し「米国の国立墓地には奴隷制廃止のために戦った兵士も、奴隷制維持のために戦った将軍もともに埋葬されている。戦死も法務死もともに祀(まつ)る靖国神社は日本のアーリントンだ」と JAPAN Forward で発信した。

 すると一米国人が「アーリントンには戦犯や人殺しはいない」と靖国を批判した。だが勝者が敗れた死者を勝手に犯罪人や人殺し呼ばわりしてよいことか。


リー将軍も西郷さんも「悪者」≫

 1865年、南北戦争で敗れた南部の人は半世紀後、リー将軍の像をシャーロッツビルに建てた。西南戦争で敗れた西郷さんの銅像を上野に建てたと同じ和解の気持ちもあってのことだろう。近年の日本でも官軍のみか賊軍も靖国神社に祀れ、という主張がある。

 だがこの夏、米国では「政治的公正」を叫ぶ一派が、よせばいいのに、リー将軍像の撤去を決定したから、シャーロッツビルは大騒動と化した。

 1世紀半後の価値観でリー将軍は再び悪者とされた。こうなると西郷さんも、合祀(ごうし)どころか「征韓論を唱えた男の銅像を取り壊せ」と隣国が言うかもしれぬ。だが、それで騒ぎ出したら和解はないだろう。

 仁川(インチョン)には1950年9月、南下した北朝鮮軍の背後に米軍を上陸させ、韓国を救ったマッカーサー元帥の銅像がある。それを取り払え、と一部韓国人は叫ぶ。マッカーサー父親は、米国が日本の朝鮮統治を認める代わりに米国のフィリピン統治を日本に認めさせた、そんな軍人総督の息子の像は倒せ、と「正義派」は主張する。

 歪(ゆが)んだ主張を許す社会には歪んだ未来しかない。擬似(ぎじ)正義の主張をうっとうしく感じるこの頃だ。


賢人にも曰く、

 民主主義政治の原理は、自分が独裁者になりたくないという心理に基づいているのではなく、他人を独裁者にしたくないという心理に基づいているのである。一口に言えば、その根本には他人に対する軽蔑と不信と警戒心とがある。
 そうと気づいてもらえば、「正義の主張は犯罪と心得べし」という私の忠告は極く素直に受け入れられるだろう。愛の陰には色情があり、正義の陰には利己心がある。反省の篩(ふるい)にかければ、愛や正義の名に値するものはめったにないことになる。それがどういうわけか、今日の日本では、民主主義だけが篩(ふるい)の目を逃れ、ほとんど唯一の禁忌(タブー)にまで昇格してしまっている。敵も味方もそれを旗印にする。民主主義の名の下に暴力を犯し、あるいは暴力を犯してそれを肯定するために民主主義を口実にする。そうかと思うと、暴力は民主主義ではない、それに反するものだと言い、民主主義をもってそれを説伏(しゃくふく)しようとする。民主主義とはそれほど便利なものか。

── 福田恆存(『日本への遺言』)

一日一言「心を入れかえる」

十月十六日 心を入れかえる


 天が下した災難は、これに耐えることはできるが、これから逃れることはできない。自分から招いたわざわざいは心にしみわたるが、これをなくすことはできる。自らの決心一つでなくすことができるわざわいをどうして永い間ひきずっている必要があるのか、すみやかにわざわいのもとを心の中から取り除いて心を入れかえるべきである。


  火の車作る大工はなけれども
      身より作りて独り乗り行く


── 新渡戸稲造(『一日一言』)


良寛さんが言うには、、

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候

死ぬる時節には死ぬがよく候

是はこれ災難をのがるゝ妙法にて候

良寛記念館』 http://www.ryokan-kinenkan.jp/

NHK 美の壺 良寛の書 (NHK美の壺)

NHK 美の壺 良寛の書 (NHK美の壺)

The Soul of Japan

 私たちの日本の花、すなわち桜は、その美しい粧いの下にとげや毒を隠し持ってはいない。自然のおもむくままにいつでもその生命を棄てる用意がある。その色合いは決して華美とはいいがたく、その淡い香りには飽きることがない。

── 新渡戸稲造『武士道』

1933年(昭和8年)10月15日 新渡戸稲造 没。

 武士道は一の独立せる倫理の掟(おきて)としては消ゆるかも知れない、しかしその力は地上より滅びないであろう。その武勇および文徳の教訓は体系としては毀(こわ)れるかも知れない。しかしその光明その栄光は、これらの廃址(はいし)を越えて長く活くるであろう。その象徴(シンボル)とする花(桜)のごとく、四方の風に散りたる後もなおその香気をもって人生を豊富にし、人類を祝福するであろう。百世の後その習慣が葬られ、その名さえ忘らるる日到るとも、その香は、「路辺に立ちて眺めやれば」遠き彼方の見えざる丘から風に漂うて来るであろう。──このクエイカー詩人の美しき言葉に歌えるごとく、


  いずこよりか知らねど近き香気に、
  感謝の心を旅とは抱き(いだ)、
  歩みを停め、帽を脱(と)りて
  空よりの祝福を受ける。

── 新渡戸稲造『武士道』

『新渡戸記念館』 http://www.nitobe.jp/
盛岡市先人記念館』 http://www.mfca.jp/senjin/nitobe/
Bushido: The Soul of Japan (The Way of the Warrior Series)

Bushido: The Soul of Japan (The Way of the Warrior Series)

武士道 (岩波文庫 青118-1)

武士道 (岩波文庫 青118-1)

「我等は人生の大抵の問題は武士道を以て解決する、正直なる事、高潔なる事、寛大なる事、約束を守る事、借金せざる事、逃げる敵を遂わざる事、人の窮境に陥るを見て喜ばざる事、是等の事に就て基督教を煩わすの必要はない、我等は祖先伝来の武士道に依り是等の問題を解決して誤らないのである」

── 内村鑑三(『武士道と基督教』)

代表的日本人 (岩波文庫)

代表的日本人 (岩波文庫)

一日一言「腹を立てるな」

十月十四日 腹を立てるな


 人間が腹を立てるにはいろんなわけがあろう。わけもないのに腹を立てるのは馬鹿げたことである。わけがあって腹を立てるのは普通の人がすることで、わけがあっても腹を立てない人こそ、立派なひとである。


  いかりをばしづむる時は世の海の
      浪風とてもいとはざりけり

 
  心には怒り喜びあるとても
      深くたしなみ色に出すな


── 新渡戸稲造(『一日一言』)

[新訳]一日一言

[新訳]一日一言

武士道 (岩波文庫 青118-1)

武士道 (岩波文庫 青118-1)