NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

生ずるは独り、死するも独り

 生ずるは独り、死するも独り、共に住するといえど独り、さすれば、共にはつるなき故なり

── 一遍上人

今日は遊行忌(一遍忌)
一遍上人語録 (岩波文庫 青 321-1)

一遍上人語録 (岩波文庫 青 321-1)


賢人に曰く、

 究極において、人は孤独です。愛を口にし、ヒューマニズムを唱えても、誰かが自分に最後までつきあってくれるなどと思ってはなりません。じつは、そういう孤独を見きわめた人だけが、愛したり愛されたりする資格を身につけえたのだといえましょう。

── 福田恆存(『私の幸福論』)

私の幸福論 (ちくま文庫)

私の幸福論 (ちくま文庫)

 君は自分だけが一人ぼっちだと思うかも知れないが、僕も一人ぼっちですよ。一人ぼっちは崇高なものです。

── 夏目漱石(『野分』)

漱石「こころ」の言葉 (文春新書)

漱石「こころ」の言葉 (文春新書)

触れもせで

 もし、あなたのまわりに、長いこと親しくしているくせに、指一本触ったことがない人がいたら、その人を大切にしなさい。

── 久世光彦『触れもせで』

昭和56年(1981)8月22日 向田邦子


希代の名コラムニスト、評して曰く、

向田邦子は突然あらわれてほとんど名人である

── 山本夏彦『何用あって月世界へ』


以下、『父の詫び状』より。
昭和の温かさを感じる文体が懐かしい。

 「おとうさん。お客さまは何人ですか」
 いきなり「ばか」とどなられた。
 「お前は何のために靴を揃えているんだ。片足のお客さまがいると思ってるのか」
 靴を数えれば客の人数は判るではないか。当たり前のことを聞くなというのである。

── 『父の詫び状』

 子供にとって、夜の廊下は暗くて気味が悪い。ご不浄はもっとこわいのだが、母の鉛筆をけずる音を聞くと、なぜかほっとするような気持ちになった。安心してご不浄へゆき、また帰りにちょっと母の姿をのぞいて布団へもぐり込み夢の続きを見られたのである。

── 『子供たちの夜』

 思い出というのはねずみ花火のようなもので、いったん火をつけると、不意に足許で小さく火を吹き上げ、思いもよらないところへ飛んでいって爆(は)ぜ、人をびっくりさせる。

── 『ねずみ花火』

 カステラの端の少し固くなったところ、特に下の焦茶色になって紙にくっついている部分をおいしいと思う。雑なはがし方をして、この部分を残す人がいると、権利を分けて貰って、丁寧にはがして食べた。

── 『海苔巻の端っこ』

 私は子供のくせに癇が強くて、飴玉をおしまいまでゆっくりなめることの出来ない性分であった。途中でガリガリ噛んでしまうのである。変わり玉などは、しゃぶりながら、どこでどう模様が変わるのかきになってたまらず、鏡を見ながらなめた覚えがある。

── 『お八つの時間』

 思い出はあまりムキになって確かめないほうがいい。何十年もかかって、懐かしさと期待で大きくふくらませた風船を、自分の手でパチンと割ってしまうのは勿体ないのではないか。

── 『昔カレー』


向田邦子』(Wikipedia) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%91%E7%94%B0%E9%82%A6%E5%AD%90
向田邦子文庫』(実践女子大学図書館) http://www.jissen.ac.jp/library/mukoda/

父の詫び状 (文春文庫)

父の詫び状 (文春文庫)

新装版 あ・うん (文春文庫)

新装版 あ・うん (文春文庫)

 だいたい、私たちが死んだ人についていろいろに拘(こだわ)るほどに、死んだ人というものは、私たちについてたいした思いを持っていないものだ。ただ微笑(わら)っているだけなのだ。

── 久世光彦『触れもせで』

触れもせで―向田邦子との二十年 (講談社文庫)

触れもせで―向田邦子との二十年 (講談社文庫)

Le Petit Prince

www.nikkei.com
www.afpbb.com

 夜になったら、星をながめておくれよ。ぼくんちは、とてもちっぽけだから、どこにぼくの星があるのか、君に見せるわけにはいかないんだ。だけど、そのほうがいいよ。きみは、ぼくの星を、星のうちの、どれか一つだと思ってながめるからね。すると、きみは、どの星も、ながめるのがすきになるよ。星がみんな、きみの友だちになるわけさ。

── サン=テグジュペリ『星の王子さま』

限りある身の力ためさん

憂きことのなほこの上に積もれかし 限りある身の力ためさん

── 熊沢蕃山

「憂い事(辛い事)更にこの身に降り積もれ、限りあるこの身、己の力を試してやる」


元禄4年8月17日(1691年9月9日) 熊沢蕃山 没
知行合一”。行動する儒教陽明学徒。


また、「願わくば、我に七難八苦を与え給え」と三日月に祈ったのは“山陰の麒麟児”、山中鹿介である。


男おいどん、かく語りき。

すでに将来 安心なよか家に

金のある親もつやつもおる

おいどんには金もつ親も

将来 安心もヘチマもなか

ばってん

それでこそ男の生きがいが

あるとではなかろうか?

── 大山昇太『男おいどん

伝習録 (中公クラシックス)

伝習録 (中公クラシックス)



『2014年03月06日(Thu) 困難を避けない方がいい理由』 
http://nakamoto.hateblo.jp/entry/2014/03/06/000000