NAKAMOTO PERSONAL

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安吾の手紙

坂口安吾の手紙、半世紀ぶり発見『堕落論』原型 今秋にも一般公開」(新潟日報
 → https://www.niigata-nippo.co.jp/news/national/20190523470830.html

 戦後の無頼派を代表する作家で新潟市出身の坂口安吾(1906~55)が45年9月、敗戦の歴史的な意味や、文化振興のため新聞社が果たすべき役割などを記した手紙が約半世紀ぶりに見つかった。手紙は、当時新潟日報社社長だった長兄坂口献吉に宛てた「3通の手紙」。46年4月発表の「堕落論」の原型ともいえる内容で、戦後の復興に向けて文化・出版事業に力を入れることを長文で進言している。新潟日報社が入手し、今秋にも一般公開する予定。

 手紙の内容は71年の坂口安吾全集第13巻(冬樹社)に掲載されたが、発刊後、所在不明になっていた。その後刊行された全集(筑摩書房)は、冬樹社版を引用して収録している。手紙は東京の古書店がオークションで落札した。

 3通は東京・蒲田の安吾宅から発信された。それぞれ400字詰め原稿用紙2~3枚にマス目を無視した小さな文字でぎっしり書かれている。

 1通目は45年9月8日の消印。「最大の眼目を率直に申上げますと、混乱、動乱を怖れてはならぬ、といふことです」などと書かれ、戦後の混乱期に脚光を浴びた「堕落論」を想起させる。

 9月18日の2通目では「政治、経済、文化、社会問題全般にわたって、事は重大中の重大です。新聞人たる者責任実に重大ですから(略)先づ自らの向上が新聞人に第一番に必要です」と新聞人の使命を説く。

 3通目は9月30日に書かれた。「これからの地方新聞は、地方独特の地盤をハッキリ確立することが必要で(略)東京の手をかりず、新潟の先生を中心に確立し、新潟人の手だけで充分読み物になるだけの工夫をしなければいけない」とし、雑誌を出すことを提案。これを受けた形で、情報文化誌「月刊にひがた」が創刊された。

 文芸評論家の七北数人さん(57)は「戦後すぐの安吾の考えがストレートに書かれた重要な書簡。書きたいことがあふれていたことが、文面から分かる」と評価した。

 新潟日報社はこのほか、安吾が元社長小柳胖(ゆたか)に宛てた最晩年のはがきなど6通の書簡も同時に入手した。

坂口安吾(さかぐち・あんご)> 小説家、評論家。新潟市西大畑町生まれ。東洋大卒。純文学、推理小説歴史小説など、多彩な作品を展開。代表作は「堕落論」「白痴」「桜の森の満開の下」など。「堕落論」は「生きよ 堕ちよ」という逆説的なメッセージで、敗戦直後の混乱期を生きる日本人に大きな衝撃を与えた。父は衆議院議員で新潟新聞社社長だった仁一郎。長兄献吉は新潟日報社社長を務めた。

久し振りに『堕落論』でも。
『堕落論』、『続堕落論』より抜粋)

 半年のうちに世相は変った。醜(しこ)の御楯(みたて)といでたつ我は。大君のへにこそ死なめかへりみはせじ。若者達は花と散ったが、同じ彼等が生き残って闇屋となる。ももとせの命ねがはじいつの日か御楯とゆかん君とちぎりて。けなげな心情で男を送った女達も半年の月日のうちに夫君の位牌にぬかずくことも事務的になるばかりであろうし、やがて新たな面影を胸に宿すのも遠い日のことではない。人間が変ったのではない。人間は元来そういうものであり、変ったのは世相の上皮だけのことだ。

 あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。無心であったが、充満していた。猛火をくぐって逃げのびてきた人達は、燃えかけている家のそばに群がって寒さの煖をとっており、同じ火に必死に消火につとめている人々から一尺離れているだけで全然別の世界にいるのであった。偉大な破壊、その驚くべき愛情。偉大な運命、その驚くべき愛情。それに比べれば、敗戦の表情はただの堕落にすぎない。

 終戦後、我々はあらゆる自由を許されたが、人はあらゆる自由を許されたとき、自らの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう。人間は永遠に自由では有り得ない。なぜなら人間は生きており、又死なねばならず、そして人間は考えるからだ。政治上の改革は一日にして行われるが、人間の変化はそうは行かない。遠くギリシャに発見され確立の一歩を踏みだした人性が、今日、どれほどの変化を示しているであろうか。

 人間。戦争がどんなすさまじい破壊と運命をもって向うにしても人間自体をどう為しうるものでもない。戦争は終った。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。

 戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。

 人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。

 人間の、又人性の正しい姿とは何ぞや。欲するところを素直に欲し、厭な物を厭だと言う、要はただそれだけのことだ。好きなものを好きだという、好きな女を好きだという、大義名分だの、不義は御法度だの、義理人情というニセの着物をぬぎさり、赤裸々な心になろう、この赤裸々な姿を突きとめ見つめることが先ず人間の復活の第一の条件だ。そこから自分と、そして人性の、真実の誕生と、その発足が始められる。

 先ず裸となり、とらわれたるタブーをすて、己れの真実の声をもとめよ。未亡人は恋愛し地獄へ堕ちよ。復員軍人は闇屋となれ。堕落自体は悪いことにきまっているが、モトデをかけずにホンモノをつかみだすことはできない。表面の綺麗ごとで真実の代償を求めることは無理であり、血を賭け、肉を賭け、真実の悲鳴を賭けねばならぬ。堕落すべき時には、まっとうに、まっさかさまに堕ちねばならぬ。道義頽廃、混乱せよ。血を流し、毒にまみれよ。先ず地獄の門をくぐって天国へよじ登らねばならない。手と足の二十本の爪を血ににじませ、はぎ落して、じりじりと天国へ近づく以外に道があろうか。

 堕落自体は常につまらぬものであり、悪であるにすぎないけれども、堕落のもつ性格の一つには孤独という偉大なる人間の実相が厳として存している。即ち堕落は常に孤独なものであり、他の人々に見すてられ、父母にまで見すてられ、ただ自らに頼る以外に術(すべ)のない宿命を帯びている。

 善人は気楽なもので、父母兄弟、人間共の虚しい義理や約束の上に安眠し、社会制度というものに全身を投げかけて平然として死んで行く。だが堕落者は常にそこからハミだして、ただ一人曠野(こうや)を歩いて行くのである。悪徳はつまらぬものであるけれども、孤独という通路は神に通じる道であり、善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや、とはこの道だ。キリストが淫売婦にぬかずくのもこの曠野のひとり行く道に対してであり、この道だけが天国に通じているのだ。何万、何億の堕落者は常に天国に至り得ず、むなしく地獄をひとりさまようにしても、この道が天国に通じているということに変りはない。

 人間の一生ははかないものだが、又、然し、人間というものはベラボーなオプチミストでトンチンカンなわけの分らぬオッチョコチョイの存在で、あの戦争の最中、東京の人達の大半は家をやかれ、壕にすみ、雨にぬれ、行きたくても行き場がないとこぼしていたが、そういう人もいたかも知れぬが、然し、あの生活に妙な落着(おちつき)と訣別(けつべつ)しがたい愛情を感じだしていた人間も少くなかった筈で、雨にはぬれ、爆撃にはビクビクしながら、その毎日を結構たのしみはじめていたオプチミストが少くなかった。

 生々流転、無限なる人間の永遠の未来に対して、我々の一生などは露の命であるにすぎず、その我々が絶対不変の制度だの永遠の幸福を云々し未来に対して約束するなどチョコザイ千万なナンセンスにすぎない。無限又永遠の時間に対して、その人間の進化に対して、恐るべき冒涜ではないか。我々の為しうることは、ただ、少しずつ良くなれということで、人間の堕落の限界も、実は案外、その程度でしか有り得ない。人は無限に堕ちきれるほど堅牢な精神にめぐまれていない。何物かカラクリにたよって落下をくいとめずにいられなくなるであろう。そのカラクリをつくり、そのカラクリをくずし、そして人間はすすむ。堕落は制度の母胎であり、そのせつない人間の実相を我々は先ず最もきびしく見つめることが必要なだけだ。

坂口安吾 - Wikipedia』 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E5%8F%A3%E5%AE%89%E5%90%BE
坂口安吾デジタルミュージアム』 http://www.ango-museum.jp/

堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫)

堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫)