NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

いざ友よ、ただ飲まんかな。唄はんかな。

「あの時のようにもう一度この鬣(たてがみ)を振りあげて駆け出してくれ。」
「あの頃の歌を歌おうよ。」

「ゼーロン。お前は、強欲者の酒倉を襲って酒樽を奪掠だつりゃくするこの泥棒詩人の、ブセハラスではなかったか! あの時のようにもう一度この鬣を振りあげて駆け出してくれ。これでも思い出せぬと云うならば、そうだ、ではあの頃の歌を歌おうよ。僕が、この Ballad を歌うとお前は歌の緩急の度に合わせて、速くも緩ゆるやかにも自由に脚竝みをそろえたではないか。」

── 牧野信一(『ゼーロン』)

ゼーロン・淡雪 他十一篇 (岩波文庫)

ゼーロン・淡雪 他十一篇 (岩波文庫)


昭和11年3月24日 牧野信一 没

 彼の死ほど物欲しさうでない死はない。死ぬことは、彼にはどうでもいいことだつた。すべてはただ生きることに尽されてゐた。彼の生は「死」の影がすこしも隠されてゐない明るさのために、あまりにも激しく死に裏打されてゐた。生きることはただ生きることそれだけであるために、彼の生は却つて死にみいられてゐた。だから、彼の死は自然で、すこしも劇的でなく、芝居気がなく、物欲しさうでないのだ。即ち純粋な魂が生きつづけた。死をも尚生きつづけた。さうではないか、牧野さん。生きるために自殺をするといふのは多くの自殺がさうであるが、牧野さんは自殺を生きつづけたと言ふべきである。彼は生きつづけてしまつたのだ。明るい自殺よ。彼の自殺は祭典であつた。いざ友よ、ただ飲まんかな。唄はんかな。愛する詩人の祭典のために。

── 坂口安吾(『牧野さんの祭典によせて』)