NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

“人間通”

 現代および近未来の主要人物(キー・パーソン)は特技の人である必要はない。極言するなら人間の器量としては凡人でもよいのだ。世に尽くす誠意と情熱があればそれで十分である。誠意と情熱ならあながち天賦の才はなくとも、心を傾け身を努める心働きによって誰でも達すること可能である。組織の要(かなめ)となり世の礎(いしずえ)となりうるための必要条件はただひとつと言える。それは他人(ひと)の心がわかることである。ただそれだけである。もちろん文明の発生を見てよりこのかた数千年、他人(ひと)の気持ちがわかることは指導者に必須の条件であった。その資格を最も十分に満たしていたのは我が国の武家政権であったかもしれない。それに較べて現代社会では他人(ひと)の気を察(か)ねること甚だ疎(おろそ)かである。世を挙げての無関心時代となっている。日本人は今や心淋しい時代を生きているのである。
 人間は最終的にとことんのところ何を欲しているのか。それは世に理解されることであり世に認められることである。理解され認められれば、その心ゆたかな自覚を梃子(てこ)として、誰もが勇躍して励む。それによって社会の活力が増進し誰もがその恵みにあずかる。この場合、世間とは具体的には自分に指示を与える人であり働きを共にする同僚である。この人たちから黙殺または軽侮されるのは死ぬより辛い。逆に自分が周囲から認められているという手応えを得たときの喜びは何物にも替え難い。他人(ひと)の気持ちを的確に理解できる人を人間通と謂う。人間通を身近に見出せることは幸福の最たるものであろう。

── 谷沢永一『人間通』


2011年3月8日 谷沢永一 没

うちの本棚より【谷沢コレクション】


谷沢永一 - Wikipedia』 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E6%B2%A2%E6%B0%B8%E4%B8%8

 人間は新し物好きでありながら同時に新規を畏れ憚る。新しく世に現れる物は常に怪しげである。しかし一寸見には正体不明の首を傾げたくなるような分野から、実は次の時代を主導する文明の利器が成長する。変わったことは良いことだと刮目して期待すべきであろう。人間の組織でも生産の過程でも、業績は新しい原理への転換に端を発する。その悉(ことごと)くが成功する保証はないにしても、次元を異にする発想のなかから未来が芽生えるであろう。健康な精神は明日を信じる。自分が去ったあとのこの世になお幸せあれ輝きあれと念じる明朗な心躍りを楽しむべきではないのか。

── 谷沢永一(『人間通』)

人間通 (新潮選書)

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文豪たちの大喧嘩 (ちくま文庫)

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