NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

君自身の純潔を愛したまへ

成人の日。
「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」


平成最後の成人の日。
坂口安吾から、青年に愬(うった)える。

 先日新聞紙の報ずるところによれば浅草の本願寺だかで浮浪者の救護に挺身し、窮民達の敬愛を一身にあつめてその救護所の所長におされてゐた某医大の学生が発疹チフスのため殉職したそうである。又、引揚同胞の救護に挺身してゐる一団の大学生諸君もある由、青年はまつたく純潔です。世間の賞賛だの報酬などを打算せず、ただ純真の発露のまゝに理想をもとめて行動しうるもので、大人は聖人君子でないとこんなことはできないが、青年はその天性によつてかゝる無償の偉業を為しうる。聖人君子は数へるほどしかゐないが、青年は常に無限です。

 大人はずるいものだ。表と裏が別で、口では正義を説きながら裏では利慾をはかり、自らの為し得ざえることを人には要求し、カラクリだの陰謀術数を人生の経緯とし、これを称して人間ができてゐるとか、大人物だとか、申してゐます。青年の純潔さや一本気な情熱などは青二才の馬鹿さ加減と考へてゐるのが常識で、又、悲しむべき現実でもあります。

 青年の純真な動きも、徒党をつくると、いはゆる閥をつくり、排他的になり易いもので、批判力を失つてしまひ易い。

 青年の尊さは真理と正義への愛によつて打算を去るところにあるので、私は維新の志士などよりも、先日発疹チフスで死んだといふ医大生の生き方とその情熱のあり方をより高く評価するものです。

 この青年のやうな生き方が、百、千、万と諸方に於いてそのさゝやかな然し真実を結ぶときに世は自ら道義すぐれた花園の如くになるでせう。徒(いたず)らに徒党を結ぶ必要はない。先程も述べたやうに、徒党といふものは排他的になり、自我の自覚や内省を殺し、青年の純真さも批判力も失はせ易いものだからです。他をたよつたり、味方をふやすことを考へる必要もない。他の嘲笑を恐れる必要もないし、自分だけ正しく行動してゐるのに他の人々が悪いことをいてゐるといつて怒ってしまつてはもう駄目だ。

 そして、その正しい生き方と申しましても、日本の改革だの何だのとすぐには手のとゞかぬ遠い先を考へる必要はない。郵便配達の方はその配達の仕事の上で、職工の方はその職域に於いて、最善の責任をつくすことが第一です。それが出来ずに理想も真理も、それはインチキといふものです。職域に於ける最善の責任を果たし、それでも尚この日本の現状が見るに忍びぬとならば、たとへば休みの日に買出しにでて、その品物を実費で売つて人を喜ばしてあげるがよい。抽象的な観念論や理想論よりも、さういふ実際の行為が大切です。

 青年は先づ「ひとり」であることが大切だ。さうして、自分とは何者であるか、何を欲し、何を愛し、何を憎み、何を悲しんでゐるか、それを自覚し、そして自分自身を偽らぬことです。他人が正しくないと云って憤るよりも、自分一人だけが先づ真理を行ふことの満足のうちに生存の意義を見出すべきではないですか。郵便配達夫は先づその職域に於て最善の責務を果すことです。それもできずに、道義退廃だの政治の改革だのと騒いでも駄目です。私は結社や徒党はきらひで、さういふものゝ中でしか自分を感じ得ぬ人々は特にきらひなのです。

 青年は純潔だなどゝ申しても、人間は悲しいもので、年をとると、だめになります。情熱はだんだんあせ、正義よりも私利に傾き、せちがらくなり、ずるくなり、例の大人になります。けれども、我々が大人になると、あなた方青年が生れ、あなた方青年が大人になると、次の青年が生れてゐて、青年は常に無限です。この永遠の青年達の常に変わらぬ真善美への追求と愛は、この地上で最も信頼できるものゝ一つで、青年諸君は他をたよらず、他を指して我が身の口実となさず、先づ自分自身の身辺に於て自らの真善美を行ひ、生かすことです。社会を考へ、徒党を考へるのは、あとのことです。慷慨悲憤は他へ対してゞなく、先ず汝自らの内に向けられるべきです。

 何物を破壊する必要もない。正しいもの、美しい物を造ることによって自ら破壊は行はれるでせう。自らさゝやかな真理を行ふことの自足と追求が大切だ、徒に考へることも不可で、たゞ考へて埒のあくものではなく、まづ正しく行ひ、然してその行ふところを内省して、そこから考へる生活と、次の行為への発展をもとむべきです。諸氏が真に国を憂ふるなら、道は近きにあり、先づその職域に於て本分をつくし、余りあるときに発疹チフスで仆(たお)れた偉大なる学徒の如くであって欲しい。徒に徒党を結ぶ必要もなく、例の大人物達に教へを仰ぎ講話などを承る必要は毛頭ありません。重ねて言ふ、大人はずるく、青年は純潔です。君自身の純潔を愛したまへ。

── 坂口安吾『青年に愬ふ―大人はずるい―』

重ねて言ふ、大人はずるく、青年は純潔です。君自身の純潔を愛したまへ。

── 坂口安吾