NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

私は不健全、私は不健全を名誉とする。

多忙は続く。

 人々の休養娯楽に奉仕することが尊い仕事だと知らない人々は貧しい人々だ。休養娯楽が人生に一つの大きな意味ある生活であることを知らないのだから。
 休養娯楽の正しい意味が分らぬところに豊かな愛や深い思想や魂は生れてこない。大きな正義も育ちはしない。日本の貧しさの最大なる一つは娯楽を悪徳と見ることで、娯楽が悪いのではなく、娯楽によつて崩れるやうな因習的道徳や教育が悪い。映画が悪いわけでもなく、ダンスホールが悪いわけでもない。悪いとすれば、人間が悪い。
 登山の苦痛に堪へて頂上を極める喜び、マラソンの激痛を忍んでゴールに至る喜び、苦痛も亦娯楽なのである。歯をくひしばつて走つて何が面白いのかネ、などと、自分一個の限定以外に知り得ない貧しい魂は悲しい。私は先日パンパンガールと会談したが、彼女らが明朗で自分の人生を呪ふどころか愛し喜んでゐるので、うれしかつた。今までのやうな暗い悲しい娼婦にくらべて、この明朗な娼婦の誕生は、ともかく日本の一つの進歩で、パンパンの出現は決して日本のダラクではない。私はダンスホールは知らないけれども、友達のホールの支配人の話によると、不品行なダンサーの無軌道ぶりもひどい代りに、処女のダンサーが非常に多くなり、このことは戦前のダンスホールに見られなかつた現象だといふ。これも亦一つの進歩ぢやないか。かうして汚辱の中から新らしいものが育つてくる。
 たゞれた愛慾、無軌道な放埒の中からも、やがてそこに高い魂が宿るやうになるものだ。たゞれた愛慾はいつの世にもあるもので、娯楽のせゐぢやなく、人間のせゐだ。娯楽が人間の劣情を挑発するといふなら、娯楽を禁止して、娯楽なき健全世界を創るか。これが健全だといふなら、私は不健全、私は不健全を名誉とする。

── 坂口安吾(『娯楽奉仕の心構え』)

桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫)

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堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫)

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風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇 (岩波文庫)

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