NAKAMOTO PERSONAL

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『世界を読み解く「宗教」入門』

ビジネスパーソンはなぜ歴史や宗教を学ぶべきなのか」(日本実業出版社
 → https://www.njg.co.jp/post-28792/

ビジネス教養として知っておきたい 世界を読み解く「宗教」入門』は、おもにビジネスパーソンに向けて、世界と日本の宗教の基礎知識やビジネスとの関わりについて解説した1冊です。この本を著した同志社大学神学部の小原克博教授に、ビジネスパーソンが宗教を学ぶ意義や、著書に込めたメッセージについてお話をうかがいました。前後編の2回に分けて掲載します。

「学び」によってビジネス的日常を対象化する
──世界史や哲学など、ビジネスパーソン向けの「教養本」がよく読まれています。このたび先生が上梓された『ビジネス教養として知っておきたい 世界を読み解く「宗教」入門』も、メインの読者として想定されているのはビジネスパーソンですね。

「働く」ということは、私たちの人生のかなりの時間を占めますから、忙しく働くうちに日常がどうしてもルーティン化してしまうんですね。そういうルーティン化された日常に埋没すると、大事なことを見過ごしてしまいます。

働くことが人生の大事な部分を占めているとはいえ、それがすべてではありません。仕事にはいいときもあれば悪いときもある。仮にうまくいかないときがあったとしても一喜一憂しないで、日常から少し距離を取ることができれば、生き方に余裕が出てくるはずです。

世界史や宗教は、私たちの日常と関係ないといえば関係ないですが、これらを学ぶことで、いまわれわれはどういう生き方をして、どこに向かっているのか、という大きな視点を得ることができます。そうした視点から振り返ることで、自分たちの日常を批判的に対象化できます。

ビジネスパーソンが、日常生活にあまりかかわりのない歴史や哲学、宗教について学ぶ意義は、こんなところにもあると思います。


──世界史などにくらべて、宗教は少しとっつきにくい気がします。

宗教というと具体的な組織や既成の宗教団体をイメージする人が多いんです。そう考えると「自分には関係ないな」と思ってしまうんですね。

しかし、人間には根源的に宗教的関心があります。普段意識しないだけで。「自分は死んだらどうなるんだろう」「大切な人は死んだらどこに行くんだろう」……。こうした問いは人類史のはじめからある。そういった広い意味での宗教性を考えてみてほしいんです。

がむしゃらに働いているときは意識しなくても済むかもしれませんが、たとえば退職してから「自分の人生とはそもそもなんだったのか」と考えたのでは遅いのではないでしょうか。「老い」や「死」は皆に等しく訪れるのだから、ふだんから自分がいま働いていることの意味を考えたり、あるいは自分の会社が社会にどう貢献しているか、お金が儲かればそれでいいのか、と問うてみたり。そういう視点を宗教は与えてくれると思います。


利益至上主義だけでは行き詰まる
──小原先生は、研修などで企業の経営層に対しても講義されるそうですが、経営者たちも宗教について学ぶ意義を感じているのでしょうね。

グローバルにビジネスを展開するには、世界の宗教についての知識があったほうがいい。また、将来を見据える企業は、次代を担う幹部を育てる必要があります。そうしたときに、これまで通りのルーティンワークの中でしか、ものごとを考えられない人材は役に立たないわけです。発想を大きく転換したり広い視野を持つためには、いわゆるリベラルアーツ的な広い意味での教養を身につけることが求められているのではないでしょうか。


──宗教的な視点は、利益至上主義的なビジネスの考え方の対極にあるようにも思えます。

もちろん、ビジネスの目的は利益を上げることですから基本的には利己主義といえます。でも、それ一本では持続しません。

ニュースを見ていると、企業や組織が利益をあげるためにデータを改ざんしたり裏取引をしたりといった不正行為があとを絶たないですよね。それで一時的には業績を伸ばすことができたとしても、長い目で見れば消費者とか顧客を裏切ることになり信頼を失っていきます。

ですから企業は、利益を考えるだけではなく、「社会に対して自分たちがポジティブな貢献をしている」「新しい価値を提供しているんだ」という、ある意味利他的な行為のレベルにおける満足感を追求すべきだし、それを社員が共有していることが非常に大事だと思うんです。その視点がないと単なる金儲け集団です。会社の利益があがった、自分の給料があがった、それだけで一喜一憂するというのでは、持続可能な組織にはなりません。

宗教が求めることと人間の経済活動が求めることは、違う方向を向いている場合もあります。しかし両者は、人間の欲望の表面と裏面という捉え方もできる。ものごとを多角的に見る方法として、宗教的な視点は新たな光を与えてくれます。

そういった意味では、宗教とビジネス双方の視点は、対立的というよりむしろ補完的な関係にあるといえますね。


宗教だけが紛争の原因ではない
──キリスト教徒やムスリムイスラーム教徒)の考え方を知ることは大切だと思いますが、中東地域の混乱などを見るにつけ、ある種の警戒感を感じてしまいます。

日本では、一神教、とくにイスラームがしばしば批判の対象になります。そこには、一神教が紛争や戦争を起こしている当事者だという見方があります。しかし、これは間違った見方です。

どんな宗教でも、大きな政治権力と結びついたり、みずからが政治権力を持ったりすると対立が起きやすくなる。つまり戦争というのは基本的に政治的な駆け引きであって、敵味方の峻別のために宗教がいわば事後的に利用される場合がある。一神教自体が、根源的に戦闘的で、戦争が好きだというわけではないんです。

私たちは、中東の紛争の原因を宗教に求めがちですが、この考え方は単純過ぎます。紛争や戦争の原因は複合的なのに、あれもこれも宗教戦争だと考えると腑に落ちやすいので、そのように単純化して考えてしまうんです。

メディアを通して入ってくる情報はセンセーショナルなものばかりなので、放っておくとネガティブな情報が頭の中にどんどん積み重なっていきます。イスラーム世界は危ないとか、やっかいだとか。そういう偏見やバイアスを自分にかけすぎないためにも、情報を客観的に受け止めることができるような基礎知識が大事です。


──知らないから偏見を持ってしまうんですね。

誰でも、知らないものに対してはレッテルを貼ってしまうんです、宗教に限らず。知らないものを見たときに反射的に「怖い」とか「この人はこうに違いない」とか。対象を冷静に見るためにも、対象に対する知識というのは欠かせないですね。

たくさんの日本の会社が東南アジアなどに進出し、現地のムスリムの人たちを雇用しています。彼らの価値観を知らないと、「日本ではこうです。だからあなたたちもこうしてください」という言い方しかできないわけです。それでは信頼関係を結ぶことはできません。

どんな世界でもそうですが、人は、自分が大事にしているものを大切にしてくれる人に対して心を開きます。反対に、自分が大事にしているものを無視するような人は、いくら上司や雇用主でも信頼できないですよ。

日本の企業がグローバル化する中で、現地の人が持つ価値観の根本にあるものを理解しようという気持ちがあるかどうか。これが非常に大事ですね。


イノベーションは『多様性』と『休息』から生まれる」(日本実業出版社
 → https://www.njg.co.jp/post-28796/

ビジネス教養として知っておきたい 世界を読み解く「宗教」入門』の著者、同志社大学神学部の小原克博教授インタビュー。後編では、「トランプ大統領アメリカ社会」から「日本人の労働観」まで、広範なテーマについて宗教を軸に語っていただきました。
トランプ大統領アメリカ社会の論理
(前編から続く)

──宗教への偏見やバイアスは、「知る」ことによって克服できる、というお話でした。

ところで、知らないというか、よく理解できないことに、「トランプのアメリカ」があります。トランプ氏の支持層として「キリスト教右派」というワードが頻繁にメディアに登場しますが、両者はなぜ強く結びつくのでしょうか。また、極端に世俗的であり宗教的でもあるアメリカという国を、どう理解したらいいのでしょうか。

トランプ大統領を支えているのは、おおざっぱにいうと宗教右派であり道徳的な保守層です。両者はやはり保守的な宗教的価値観によって結びついています。

大統領選挙のときに必ず問われるのは、よく知られているように、妊娠中絶の問題、同性愛・同姓婚の問題をどうするかということです。たいていの場合、民主党共和党の候補者では態度が異なります。前回の大統領選では、民主党ヒラリー・クリントン氏は「中絶は女性の権利」「性的な多様性を認める」という立場でしたが、これを支持する人たちも半分くらいいるわけです。

ところが反対に、こうした考え方は「アメリカの伝統的な価値観を崩壊させる」「もう一度、伝統的な価値観を取り戻さなくてはいけない」という人たちがトランプ氏を支持しました。中絶には反対、結婚は異性間でするものであって同性婚などけしからん、と考える人たちです。

こうした状況は毎年のように調査されています。それによると、中絶、同性婚を支持する人たちは徐々に増えてきています。しかし保守派も負けてはいません。なんとか巻き返そうとしていて、両者はしのぎを削っています。

トランプ氏自身は、敬虔なクリスチャンであるとは簡単にはいえません。大統領選挙の前も、クリスチャンの間で大激論がありました。「こんな女性蔑視的な人物を支持していいのか」ということで、一時分裂しかけました。でも、アメリカの伝統的な価値観を守るためには、トランプに投票しヒラリーを落とすしかないと、やむを得ず大同団結したということです。大統領選の結果は大方の予想を裏切るものでしたが、それくらい見えない形で、宗教的な保守層がまだまだ強固に存在しているということなんですね。

また、「トランプ氏のような経済的成功者は神に祝福されている」という考え方によって支持されている側面もあります。


──どういうことでしょうか。

アメリカのキリスト教社会の特徴的な考え方に、経済的成功と信仰を結びつける論理があります。簡単にいうと、「もし自分が、死後天国に行けるような人間なら、生涯にわたって神が祝福してくれるわけだから、経済的に恵まれた生涯をおくるはずだ」という考え方です。すなわち、「経済的に成功している人は、神に愛され、祝福された存在だ」ということ。成功するということがいわば至上の価値になっているわけです。


──なるほど。アメリカはやはり、2つに分断されているのでしょうか。

アメリカのリベラルと保守は、必ずしも固定されているわけではありません。たしかに両極は存在していて、アメリカ社会をほとんど分断しているともいえます。ただし、真二つに分かれているわけではなくて、様々なレベルの中間層がたくさんいるんです。どっちにでも動くような。そこにアメリカの多様性があって、常に変化の可能性がある。

先日、ミュージシャンのテイラー・スウィフトが「私は民主党に投票します」と宣言しただけで、あっというまに30万人が有権者登録をしたのがその証拠です。セレブリティのひと言で、いままで無関心だった人が特定の政治的な行動をはじめる。アメリカ社会の多様性があらわれた現象といえるでしょう。


──多様性(ダイバーシティ)が、アメリカの活力の源なのかもしれませんね。


多様性がなければイノベーションは生まれない
──ところで、ビジネスの世界でも「ダイバーシティ」がキーワードになって久しいですが、日本企業はうまく対応できているのでしょうか。

ダイバーシティは重要です。しかし、取り入れるのは意外と難しいと思いますよ。いままでの日本の経営スタイルというのは、どちらかというと、きちんとしたルールがあって、それに従うことによって最大の生産効率を引き出すやり方でした。

でもこれからは、同じことを繰り返していても業績が保障される時代ではなくなってきました。まじめにやっているのにうまくいかなくなってきたときに、従来と異なる手を打てるようにするためには、普段からダイバーシティを育てておかないと対応できないでしょうね。

多様な、違うものが融合することによってまったく新しいものが生まれます。化学反応のような変化ですね。ビジネスでいうとイノベーションです。自分たちの業界の常識の中だけで、どうすれば効率が上がるかということばかり考えていたら、いつか行き詰まってしまうはずです。

そうならないように、あらかじめ自分たちのフィールドに外部から異質なものを受け入れて、知の融合を果たすことができるような環境づくりをしておく。それがなければ、イノベーションなんて起きないと思うんですよね。

最近では「ビジネスパーソンにもリベラルアーツが必要だ」といわれるようになってきました。リベラルアーツは日本語では「教養教育」と訳されることが多いのですが、本来の意味が十分に表現できていないのではないかと思います。

単に「物知り」になればいいというのではなくて、自分が知らない、未知の世界の知識を積極的に取り入れ、異なる知識を融合させるベースとしてリベラルアーツを位置付けることが大切です。それができれば、個人レベルでも企業レベルでも、将来のことを考えてリベラルアーツ的な学びをする、というのは意味があることだと思います。一部の企業では、こうしたことを社内研修に取り入れるようになってきました。

ただまだまだ、売上を上げるために社員を追い込んで、根性をたたき直し「一致団結」させるような研修が多いようです。それよりも、まったく違うこと・新しいことを学び、従来の型にはまらない姿勢を身につけることの方が大事だと思いますね。直接役に立たないことを知ることによって、将来それが思わぬ形で役に立つ可能性もありますから。


──たとえば、宗教を学ぶことによって「まったく違うもの」の視点を取り入れることができるというわけですね。


安息日」に自分を立て直す習慣を
もうひとつ、働く皆さんや企業の経営層の方々に考えてほしいのは、日本社会は、「休み」をきちんと確保できるような労働環境をつくっていかないといけないということです。

イノベーションは、精神や制度のゆとりがないと生まれませんから。日本には、自分を徹底的に追い込んで、限界状況ではじめて活路がひらけるんだ、というような考え方が根強くあります。このようなスポ根物語のような考え方では、組織の持続可能性やイノベーションは生まれないでしょう。

きちんと休みをとって、脳をクリエイティブな状況に持っていくためにどうしたらいいかということを考えたほうがいいです。いまだに「過労死」などへの対応が十分じゃない、というレベルでは早晩行き詰まると思います。


──ユダヤ教徒は、週に一度の「安息日」を厳格に守るそうですね。

ユダヤ教徒は、「安息日」に「自分がなぜここにいるのか」ということを考えるんです。自分を振り返るというのは、立ち止まらないとできないことです。忙しくしているときには、そういう考え自体が吹っ飛んでしまいますから。疲弊して、自分がバラバラになる前に、自分を立て直す時間をつくることが大事です。

私たちは、労働観を根本的に変えていく必要があるのではないでしょうか。長時間労働や過労死のような問題が起こるのは、企業や経営者が、一人ひとりを単なる労働力としてしか見ていないからではないでしょうか。

また、「外国人技能実習生」にかかわる問題もそうです。彼らは「日本で技術を学びたい」という真剣な動機で来ているのに、まったく違う仕事をさせたり、長時間労働や賃金未払いなどの問題が頻発しています。

技能実習生はカトリックであったり、ムスリムであったりします。また、ブラジル人やフィリピン人、インドネシア人だったりもします。そういう人たちを、単なる労働力ではなく、尊厳を持ち、異なる価値観を持つ一人ひとりの人間として見る視点が、企業や個人にあるかどうか。これは非常に大事な点だと思います。

ビジネス教養として知っておきたい 世界を読み解く「宗教」入門

ビジネス教養として知っておきたい 世界を読み解く「宗教」入門