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ホーキング博士が遺作でも強調した「答え」

「神は存在するのか? ホーキング博士が遺作でも強調した『答え』」(現代ビジネスオンライン)
 → https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58046

ホーキング博士の遺作刊行
今月、英国の科学者スティーヴン・ホーキング博士の遺作が出版された。

『大いなる問いへの簡潔な答え(Brief Answers to the Big Questions)』と題されたこの本は、生前、博士がさまざまな場面で繰り返し聞かれた質問への答えをまとめたものだ。

本は未完のままに博士は亡くなったが、博士の娘や研究者仲間が資料を集め、このほど刊行にこぎつけたという。


Brief Answers to the Big Questions

Brief Answers to the Big Questions


ホーキング博士は、優れた理論物理学者としてだけでなく、学生の頃に筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症し、車椅子に乗ってコンピューターの合成音声で話しながら、研究や講演を続けたことでも広く知られている。

何より難解な理論物理学を一般人にも分かりやすく解説する能力は特筆に値する。『ホーキング、宇宙を語る』は世界的ベストセラーになり、1000万部以上が売れた。

その一方、日本ではあまり実感がないが、ホーキング博士は熱心なキリスト教信者からは執拗に批判されてきた。生前、科学者として「神は存在しない」「天国も死後の世界もない」と断言したためだ。

亡くなった時も、一部の人々からは「博士は自らが否定していた地獄に行った」「博士は死んだことで、神の存在を認識しただろう」といった批判がなされた。

こうした発言は「科学者ヘイト」「無神論者ヘイト」といってさしつかえないが、なぜ、ここまで批判されなければならないのか。

その背後にはキリスト教特有の神観念と科学の関係性がある。博士の遺作を追いながら、その点について考えてみよう。


なぜ神はいないのか
遺作では、まず博士の経歴が語られ、その後、次のような「大いなる問い」に関する10個の章が並ぶ。最初の「神は存在するのか?」を始め、特に前半部が宗教に深く関わる内容になっている。

  1. 神は存在するのか?
  2. 全てはどのようにして始まったのか?
  3. 宇宙には他の知的生命体は存在するのか?
  4. 未来は予言できるのか?
  5. ブラックホールの中には何があるのか?
  6. タイムトラベルは可能なのか?
  7. 私たちは生き残れるのか?
  8. 宇宙に移住できるのか?
  9. 人工知能は人間を超えるのか?
  10. 未来をどのように作るのか?

ホーキング博士は、ガリレオ・ガリレイ(1564〜1642)の亡くなった日からちょうど300年後に自分自身が生まれたことを誇りに思っていたようだ。いうまでもなく、ガリレオは科学の父の1人であり、地動説を唱え、異端審問にかけられた人物である。

博士によれば、人が大いなる問いを抱くのは当然だ。

なぜ世界は存在するのか。いかにして世界は始まったのか。世界を支配する法則はあるのか。

かつてはこうした問いに対しては、宗教が答えを出してきた。神こそが世界を支配する法則であり、この世界のすべてに神の意思が透徹している。

しかし、現在では、科学が宗教よりも正確な答えを出すようになっているというのが博士の基本スタンスだ。

生前から最も批判を集めてきた神の不在についての主張も明快だ。

聖書では、神が世界を創造したとされる。神は「地は形なく、むなし」かったところに天地を創造し、光を生み出し、そして動植物や人間を造り出した。つまり、無から有を生み出したのである。

しかし、ホーキング博士によれば、宇宙は科学法則にしたがって無から生じ、そして本質的に無のままであり続けている。さらに、宇宙が創生する前の状態も科学法則が支配しており、そこにも神の介在する余地はない。

博士によれば、宇宙を作るには物質、エネルギー、空間という3つの材料がいる。そしてアインシュタインは、「E=mc2」という方程式で、質量とエネルギーが等しいことを証明した。つまり、20世紀に入り、宇宙の材料はエネルギーと空間の2つに絞り込まれたのである。

こうした洞察の上に、さらに負エネルギーという概念が導かれた。真っ平らな場所に丘を作るには、周辺の地面を掘り返し、そこから出た土を盛る必要がある。その際、土を調達するためにできた穴が「負の丘」だ。そして当然だが、土の総量はまったく変化しない。

丘づくりと同じようなことが宇宙創成でも生じた。博士によれば、「宇宙は負エネルギーを貯めこむ巨大バッテリー」のようなものだ。そして土の総量が変化しなかったように、エネルギーの総量に変化はない。つまり、宇宙は結局は無であり、無から有を生み出す神の存在は不要なのである。

第1章末尾で、博士は「私は信仰を持っているのか?」と自問する。そして、誰しも自分の好きなものを信じる自由があることを確認した上で、やはり自分にとっては「神はいない」と断言する。

宇宙を創り出したものも、私たちの運命を決定しているものもいない。天国も死後の生も存在しない。死後の生を証明する信頼できる証拠はない。博士によれば、私たちは死んだらゴミ(dust)になるのである。


宗教より科学を受け入れるべき
博士の見解には、自分自身が難病と闘ったことも大きく影響している。なぜ特異な難病が発症したのか、なぜ他ならぬ自分が発症したのか。

こうした問いについても、かつては宗教が答えてきた。病気は神が与えた試練であるとか因果である、といったように。

博士の表現を用いれば、「私のような障がい者は、神によって与えられた呪いの下に生きていると何世紀にもわたって信じられてきた」のだ。

この点、キリスト教に馴染みのない日本では分かりにくい感覚かもしれない。キリスト教の世界観では、世界で起こるあらゆることには神の意思が反映されている。神はすべての計画者であり管理者だ。神が介在しない偶然は存在せず、他ならぬ自分に難病が発症したことも、つきつめれば神の意思に他ならない。

こうした宗教の答えが、それを信じる人に安寧をもたらすことがあるのも事実だ。

自分の病気、愛する人の不運な死、多くの人が亡くなるような大事故も神の意思であり、そこには何らかの意味があると信じられる。偶然に意味を与えて必然に変換できるのだ。

しかし、博士は宗教よりも科学の方がより正確で一貫した答えを用意しているのだから、それを受け入れるべきだという。

世界の偶然性に最も悩んだのは博士論文のための研究の最中に難病を発症した博士自身である。当時、博士の病気の進行は早く、研究が一区切りするまで生きていられる保証はなかった。

博士によれば、宇宙が創生するまでは時間すら存在しておらず、どうしたって神が介在する余地はない。

問題なのは、一般の多くの人は科学は難解であると決めつけており、そのせいで科学的世界観が十分に広まらないことだ。

だが、博士によれば、最先端の科学研究を誰もができるわけではないが、最先端の科学の成果を理解することはできる。

素朴な啓蒙主義のようにも聞こえるが、素朴なだけに説得力がある。「基本粒子の寄せ集めにすぎない私たち人間が、自分たちを支配する法則と自分たちの世界を理解できるようになったことは偉大な勝利」であり、博士はその興奮を皆に伝えたいのだという。


「神は完全にギャンブラー」
近代科学を基礎づけたアイザック・ニュートン(1643〜1727)は、晩年、オカルト的な聖書研究をしていた。自らが確立した天文学を聖書研究に応用したのだ。今から見ればまったく非科学的なものだ。

だが、そもそもニュートン万有引力の法則をはじめとする研究を行なった根本的な動機も、神が創り出した世界の秘密を解き明かすことだ。

世界は万能の神が創り出したのであるから、それを支配する法則は美しい数式で書き表せるはずであり、それを見つけるのが当時の科学者(自然哲学者)の仕事だったのである。

その後も科学は発展し続け、神の助けを借りることなく、ますます世界の多くの部分を説明できるようになった。

それでも、1960年代には、科学者の多くですら、「宇宙に始まりがある」という考えには反対していたという。宇宙創成の瞬間には科学は通用しないと思われていたのだ。当時は、科学者の中にも、どのようにして宇宙が始まったのかは神に委ねる人もいたのである。

神はサイコロを振らない」という言葉の通り、アインシュタインですら世界が偶然に支配されているという見解に反対していた。だが、ホーキング博士によれば、「神は完全にギャンブラー」であり、「宇宙は常にサイコロが転がる巨大カジノ」なのである。

神の不在と世界の偶然を断言するホーキング博士の態度は、ニュートン以来の極めて正統的な科学者のものだと言ってよい。神を攻撃したくて宇宙を研究していたわけではなく、研究の結果、神がいないことが疑いようのない事実として科学的に証明されたのだ。

博士が長年務めたポストであるルーカス教授職はケンブリッジ大学で最も名誉あるものの1つだが、その2代目を務めたのがニュートンだ。

そしてニュートンの時代よりもはるかに発達した科学に基づいて、博士は極めて明快に世界に意味がないことを断言し、一部のキリスト教徒からの批判も招いたが、それも科学者の大切な役割だ。

博士の遺灰は、ロンドンのウェストミンスター寺院の中で、ニュートンをはじめとする科学者たちの墓のそばに埋葬されている。

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