NAKAMOTO PERSONAL

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Björk

ユートピアは幻想じゃない、必需品── アイデンティティと対峙する歌姫ビョークが自らつくりだす理想郷」(WIRED)
 → https://wired.jp/2017/12/09/bjork_utopia/

世界各地の文化のなかで、歴史のなかで、いつでもわたしたちは理想郷=ユートピアを目指してきた。音楽家・ビョークユートピアという言葉を、現代社会や集団主義の否定や、理想論の追究の延長線上に置いているわけではない。「トランプ時代」という闇のなかで毅然と歌う、ビョークユートピアとは。(『WIRED』日本版Vol.30「IDENTITY デジタル時代のダイヴァーシティ」特集より転載)



2017年夏、都内の喧騒がかき消された静かな部屋に、ビョークは現れた。着物をモチーフにした淡紅藤の服の彼女は、プロデューサーのArcaや仲間と雑談を楽しんでいる。しばらくしてビョークは、明け方にできたという最新作を聴かせてくれた。タイトルは『Utopia』だとささやくような声で言った。

ビョークという音楽家は、技術的に誤解されがちだ。「時代にふさわしい」テクノロジーを用いているため、音楽消費のIT化と制度化を目指す音楽産業のなかで、イノヴェイションとして語られることが少なくない。だが大事な点は、ゼロから何かを創成する「クリエイション」が彼女の理念であることだ。すなわちユートピアさえも「クリエイト」してしまうのである。


テクノロジーがわたしに追いつくのを待ってる

「テクノロジーはソリューションじゃない。それは何度も言ってきたこと。テクノロジーはよいものを生み出せるけれど、お金を稼ぐことも誰かを不幸にすることもできる」

ビョークは、人間らしさや自然な感情をテクノロジーがいかに実現できるかを探っているという。

「技術的な新しさを追いかけ続けることは無駄。テクノロジーがわたしに追いつくのを待ってる。人間らしさを増幅させる力に興味がある。ラップトップは、薄暗くて窓のないスタジオからわたしを解放してくれた。好きな庭や森のなかで、自然を感じながら好きな音楽に没頭できる。これこそ革新的なこと。

『Volta』のツアーから卓上シンセサイザーのReactableやタッチスクリーン・デヴァイスを使ったのも、表現に可能性を感じたから。子どものころ、音楽理論の本を読まされて、まったく心が動かなかった思い出があるの。メロディやハーモニーが物理的すぎたのね。でもタッチスクリーンを使えば、表現や学習に感情と感覚を足すことができる。テクノロジーはもっと人間性とつながらなくてはならない」

こうした技術主義な時代に対するビョークの態度は、最新作『Utopia』において、より政治性を強く帯びてくる。「イデオロギー的と思われがちだけど」と前置きして、ユートピアについて次のように語ってくれた。

ユートピアは世界各地の文化のなかで各々の理想像がある。たとえば中世ヨーロッパ時代の修道院。世界から隔離され、本と知識に囲まれて、ある意味、それはユートピアだといえるかもしれない。社会主義共産主義、資本主義も、始まりはユートピアを目指していた。歴史上のあらゆるユートピアに関する本を読み漁ったの。ユートピアという言葉は、わたしを前向きにしてくれた。

ポストアポカリプスのなかに居場所を見つけて、ゼロからすべてを見直せた気分ね。いまは、AirbnbUberSkypeが使えて面白い社会になったけれど、だからこそ個人の視点から社会のあり方を考え直す必要があると思う。技術、資本主義、現代社会とは何なのか。右か左かで人のイデオロギーが分類される時代は終わり。そして個人が自らの価値観を定義する時代が始まったの」

ビョークユートピアという言葉を、現代社会や集団主義の否定や、理想論の追究の延長線上に置いているわけではない。自己のアイデンティティと対峙し、個人が理想とする未来を各々で創造するための意識変化の原動力だという。

「もっと個人の楽観主義を信じる意志をもたなければいけない。多くの人が悲観主義や恐怖心に駆られているの。社会が闇を意図的につくろうとしているから、明るい未来を意識することが大切。『Utopia』は、誰も信任していないトランプ時代と政治に、オルタナティヴなアイデアを示すという意味もある。それがわたしの探す未来の社会だから。

トランプ当選後、空っぽの気分に陥ったわ。地球上で最も強大な政府はもう信用できないって。いったい誰が地球や環境問題を救うというの。だからDIYで行動するしか方法はないと悟った。わたしたち自身が未来をつくらないとたどり着けないの。もうユートピアは幻想じゃない、必需品なの。未来に向けてサヴァイヴするために必要なものよ」

ポスト・トゥルース」「オルタナファクト」が時代を形成するいま、観念的な未来に期待するのではなく、未来への生き残り方を模索する時代が来たと、ビョークは教えてくれた。

「富の公平な分配を実現できるとすれば、それはインターネットが可能にするはず。貧富の格差は早く止めないと、革命が起こるでしょう。フランス革命規模のインパクトのね。でも、ハッキングやDIYで、新しいポジティヴなことを生みだす時代はもう始まっている」

自らユートピアを創造することが、個人の未来であり、アメリカ的な陽気さに縛られない若者が向き合うべき現代的な問いといえる。そして、それこそが『Utopia』でビョークが仕掛ける、未来への新たな挑戦なのだ。



ユートピア

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