NAKAMOTO PERSONAL

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親の口癖が「ヤバい」なら子も「ヤバい」

「親の口癖が『ヤバい』なら子も『ヤバい』 フィーリングプアの子は危ない」(PRESIDENT Online)
 → http://president.jp/articles/-/23725

 「ヤバい」「ウザい」「ムカつく」といった短絡的なことばを使ってはいないだろうか。語彙が乏しくなれば、感情表現も乏しくなってしまう。中学受験塾講師の矢野耕平さんは「そうした言葉を親が口癖にしていると、子もまねしてしまう。そうした子は表情が乏しいことが多い」と指摘する。自然なやりとりの中で、子どもの語彙力を高める方法とは――。


「フィーリングプア」に陥る子どもが増えている
 同業の塾講師や中学高校の教員と話をしていると、多くの人が「最近の子どもたちは、表情から心情を読み取りづらくなった」とこぼす。もちろん、わたしにも思い当たる節がある。

 子どもたちの表情は、わたしたち指導者にとって非常に重要な要素だ。表情を観察しながら、解説する内容の「濃淡」を使い分けたり、同じ内容をあえて繰り返したりと、授業の進め方を変えていくからだ。

 ところが、最近の子どもたちは、表情を見るだけでは、実際に授業内容を理解しているのかどうかがわかりづらい。昔は同じように黙って聞いていても、ちょっとした顔の表情や目の動きなどで「この子は理解できているな」と判断することができた。今はシグナルが乏しくそうした判断が極めて難しい。こうした表情の乏しい状態を、『13歳からのことば事典』(メイツ出版)を上梓した以降、私は「フィーリングプア」と呼んでいる。


▼語彙力の低下がフィーリングプアを招く可能性
 なぜ子どもたちの表情が乏しくなっているのか。わたしは「語彙力の低下」がフィーリングプアを招く一因になっているのではないかとにらんでいる。

 ここ最近とみに子どもたちが口にする感情表現のバリエーションが少なくなっているように感じる。ことばは人が感情を表す重要な手段のひとつだ。だからこそ、手持ちの感情表現が豊富なほど、表情として表出される感情も豊かになるのではないだろうか。

 たとえば負の感情について、「ムカつく」という表現しか知らない子どもは、キレてしまうことも多いのではないか。読者の皆さんの周囲にも、「キモい」「ウザい」「ヤバい」「ムカつく」……といった「決まり文句」を吐き捨てるように連呼する子どもはいないだろうか。いや、子どもに限らない。大人でも、このようなワンフレーズを連呼する人は、どんな人だろうか。


何でも「ウザい」で片付けてしまう人々
 たとえば、「ウザい」。このことばにはそのときの状況や気持ちの細かな差異によって、その「近似値」となるいろいろな心情語が存在する。「いまいましい」「鬱陶しい」「うんざりする」「げんなりする」「小憎たらしい」「癪に障る」「鼻につく」「不快だ」「迷惑だ」「わずらわしい」などである。


 次の例文を見てみよう。


 例A:トイレの壁に貼ってある日本地図、ウザいから外していい?
 例B:「家に帰るまでが修学旅行です」なんて、校長先生がまた同じ話をしたのでウザい。
 例C:弟は、年下のくせに姉の私に生意気な口を利くのでウザい。


 A、B、Cにはどれも「ウザい」という表現が使われているが、それぞれの気持ちが異なる。この場合、Aは「鬱陶しい」、Bは「うんざりする」、Cは「小憎たらしい」などの心情表現がぴったりくる。

 すなわち、なんでもかんでもマイナス表現を「ウザい」と発することで済ませてしまうと、そのときどきの微細な心情を自覚できなくなってしまう。わたしはこのことがフィーリングプアにつながるのではないかと考えている。

 人間はことばによって思考している。つまり語彙が貧しければ貧しいほど、その思考回路は単純になってしまう。同様に、もし手持ちの心情語の数が少なければ、感情そのものも貧しくなってしまうのではないか。その結果、他者から「無表情な人間」と思われる恐れさえあるのではないか。

 「フィーリングプアな生徒が増えている」という指導者たちの共通認識を反映しているのか、多くの子どもたちに警鐘を鳴らしているのか、中学入試の国語問題では「心情」の読み取りに関する出題が頻出する。それも「うれしい」「かなしい」といった単純なことばでなく、より細分化された「心情語」を駆使しなければ解答できないものが多い。


基本問題に挑戦「心情語」を本当に理解している?
 どのような心情語を知っておくべきか。今回、心情語の「基本問題」を用意した。これはわたしが以前、『プレジデントFamily』(プレジデント社)に寄稿した問題で、中学受験を志す小学校4~5年生を想定したものだ。ぜひ親子で挑戦してみてほしい。

 もし子どもがこの問題でつまずいてしまうようなら、語彙力の向上が必要だろう。場合によってはフィーリングプアに陥ってしまうリスクもある。


▼基本問題(解答は最終ページ)
Q:下記の< >内の文に最も近い心情語を考え、適当なものを記号で選びましょう。


1)先生は満点だとほめてくれたが、カンニングをしてしまったとは言い出すことができず、ぼくは<ただうつむくしかなかった>。
ア・なやむ
イ・うしろめたい
ウ・うらめしい


2)公園のベンチの下に二匹の子犬が捨てられていて、わたしは<かけよっていって抱きしめたくなった>。
ア・いとおしい
イ・開き直る
ウ・すくみあがる


3)楽勝だと思っていた相手にボロ負けしてしまい、わたしたちは<応援席に目を向けられず、ベンチにとぼとぼ歩いていった>。
ア・みじめな
イ・切ない
ウ・あせる

(『プレジデントFamily2014年秋号』の掲載問題を一部変更)


大人でも難しい「慶應義塾中等部」の問題に挑戦!
 続いては、心情語の「発展問題」だ。かなり難しいことばが並んでいるが、いずれも慶應義塾中等部の読解問題の選択肢に登場した心情語である。こうした問題を解く小学生がいるのだ。


▼発展問題(解答は最終ページ)
Q:下記の< >内の文に最も近い心情語を考え、適当なものを記号で選びましょう。

1)不自然な出張が問題視された県議会議員は、<その追及を逃れようとして>病院に長期入院した。
ア・感服(かんぷく)
イ・姑息(こそく)
ウ・鷹揚(おうよう)


2)ワールドカップにはじめて出場する選手が緊張していたので、監督は<その選手の背中を荒々しくたたいて>アドバイスをした。
ア・鼓舞(こぶ)
イ・絶句(ぜっく)
ウ・逡巡(しゅんじゅん)


3)お金に困っていたところ、道を歩いていたら一万円札が落ちていた。わたしはそれを懐にいれるか交番に届けるかで、<その心は揺れていた>。
ア・辟易(へきえき)
イ・悶々(もんもん)
ウ・葛藤(かっとう)

(『プレジデントFamily2014年秋号』の掲載問題を一部変更)


▼まず親が「ヤバい」「ウザい」という口癖をやめる
 子どもが豊富な語彙を有してはいるものの、他者との円滑なコミュニケーションのためにあえて限られた心情語を発しているのであれば特に問題はない。しかし、語彙の貧困が原因でフィーリングプアに陥っている子は、自身の感情を相手にうまく伝えられないばかりか、相手の気持ちを読み取る能力が低くなってしまう。すなわち、他者とのコミュニケーションに大きな支障が出る危険性が高い。

 これはこわいことだ。親がそんな子を放置してしまえば、結果として親子のコミュニケーションが成り立たなく可能性がある。もし、わが子にそんなあしき傾向が見られれば、親は子の語彙力向上のために、子に付き添ってやるべきだろう。

 残念なことに、子どもだけでなく社会人の大人でも、「ウザい」「ヤバい」「めちゃ」「キモい」といったことばを連発し、心情語が未熟だと思わざるをえない人が少なくない。

 まずは親自身がわが身を振り返ることが必要だ。そのうえで子どもに対しても、心情語を意識して発することで、子どもの語彙力を高めていってほしい。

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基本問題、発展問題の解答はこちら
【解答】
▼基本問題
1)イ「うしろめたい」
自分に悪いと思うところがあり心が苦しくなる、という意味。語源は諸説あり、「後ろ辺(べ)痛し」あるいは「後ろ目痛し」という表現から成立したという説がある。「気まずい」「やましい」は類語である。高学年になるとよく登場することば。

2)ア「いとおしい」
かわいくてしかたがない。または、たまらなくかわいそうである、という意味がある。後者は「同情する」とほぼ同じ意味。文脈によってどちらの意味か判断しなければならないので注意が必要。「いとしい」は同義語である。なかなか説明しにくいことばなので、ここで覚えたい。

3)ア「みじめな」
かわいそうで見るにしのびない、いたいたしい。または、自分でもひどく情けないと思う、という意味がある。「みじめ」は「惨め」と書き、「惨」は本来「心を激しく痛める」という意味を持つ漢字。正しい意味がよく理解されずによく使われることばである。


▼発展問題
1)イ「姑息」
根本的な解決をしようとせずに、一時的な間に合わせをしようとするずるい気持ち、という意味。「姑」は「しばらく」、「息」は「休息する」ということで、もともとは「しばらく休む」という意味であったが、いつしか「その場しのぎ」というニュアンスで使われるようになった。物語文でたまに見かける熟語である。

2)ア「鼓舞」
人の気持ちを奮い立たせたり、勢いづかせたりする働きかけをおこなうこと。漢字を見るとわかるが、もともとは太鼓を打ち鳴らすことで舞の助けをおこなうことから生まれたことばである。読み方にも注意したい熟語。

3)ウ「葛藤」
心の中に相反する動機や欲求、感情などが存在し、どちらをとるか悩むという意味。心の中に存在する「天使」と「悪魔」の争いを思い浮かべると理解できるだろう。「葛(かずら)」も「藤(ふじ)」もつる性の植物である。そのつるが互いにからみあうことから生まれた熟語である。葛藤を経て心の成長を描く物語文は中学入試で多く出題される。


翁にも曰く、

 親は子の口まねをしないことをすすめる。これだけで日本語は改まる。親というものは、子供がこの世で出あう最初の教師である。箸のあげおろしから、基礎的な言葉まで、子が親のまねをするのが順序である。

── 山本夏彦『何用あって月世界へ』