『読書の今昔』
「【主張】街の書店 『伴侶』に出会う季節です」(産経新聞)
→ http://www.sankei.com/column/news/171029/clm1710290002-n1.html
あの「わくわく感」が遠のいていくのかと思うと、やはり残念だ。
日本きっての古書店街、東京の神田神保町では今、読書週間に合わせて恒例の「古本まつり」(11月5日まで)が開かれており、未知の本との思わぬ出会いを求める人らでにぎわっている。
古書、新刊の別を問わず、書籍とのわくわくするような出会いは書店をふらりとのぞく醍醐味(だいごみ)でもある。だが書店の減少に一向に歯止めがかからない。
日本出版インフラセンターによると、今年3月時点の全国の書店数は約1万4千店で、この10年で2割以上も減っている。
国民の活字離れや雑誌の販売不振、郊外型大型店の進出、ネット購入や電子書籍の市場拡大などが中小書店の経営を圧迫し、撤退を余儀なくしているのだろう。
ネット購入や電子書籍にも多くの利点があり、それらを活用して読書にいそしむのは大いに結構なことではある。その一方で、目当ての本を探すだけでなく書棚のあちこちに目を遊ばせるのを至福の時間としてきた世代には、街の本屋さんが次々と姿を消していく現状は寂しい限りである。
科学者の寺田寅彦は随筆「読書の今昔」に「のんきに書店の棚を見てあるくうちに時々気まぐれに手を延ばして引っぱりだす書物が偶然にもその人にとって最も必要な本であるというようなことになるのではないか」と書いた。
文化勲章受章者のドナルド・キーンさんは、まさしくその例であろうか。キーンさんが日本文学の研究を志すきっかけとなったのは、18歳のときにニューヨークの書店でたまたま、値段の安いのにひかれて英訳の『源氏物語』を買ったことだったという。
今年の読書週間の標語は「本に恋する季節です!」だ。本が恋人だとすれば、書店は恋人との、それもキーンさんのように一生の伴侶となるかもしれない恋人との、出会いをとりもってくれる仲人といっても過言ではない。
子供にとっても街の本屋さんは、本がごく身近に感じられる貴重な場である。絵本や童話などを手に取ったときの弾むような気持ちを、今なお幼時の思い出として忘れられない人も多いだろう。
読書の習慣とはそんな経験を通して育まれるものに違いない。街の書店が地域の文化向上に果たす役割は決して小さくない。
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忘れた頃にやってくる寅彦先生。
ある天才生物学者があった。山を歩いていてすべってころんで尻しりもちをついた拍子に、一握りの草をつかんだと思ったら、その草はいまだかつて知られざる新種であった。そういう事がたびたびあったというのである。読書の上手じょうずな人にもどうもこれに類した不思議なことがありそうに思われる。のんきに書店の棚たなを見てあるくうちに時々気まぐれに手を延ばして引っぱりだす書物が偶然にもその人にとって最も必要な本であるというようなことになるのではないか。そういうぐあいに行けるものならさぞ都合がいいであろう。
一冊の書物を読むにしても、ページをパラパラと繰るうちに、自分の緊要なことだけがページから飛び出して目の中へ飛び込んでくれたら、いっそう都合がいいであろう。これはあまりに虫のよすぎる注文であるが、ある度までは練習によってそれに似たことはできるもののようである。
── 寺田寅彦(『読書の今昔』)
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