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NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

安吾忌

空にある星を一つ欲しいと思ひませんか? 思はない? そんなら、君と話をしない。

── 坂口安吾『ピエロ伝道者』


あちらこちら命がけ


安吾忌。
昭和三十年(1955年)年2月17日 坂口安吾 没。


安吾のことば。
厳選(しきれなかった)五十、とちょっと。
ぼくの生きる指針!

  • もしそれ電車の中で老幼婦女子に席をゆずる如きが道義の復興であるというなら、電車の座席はゆずり得ても、人生の座席をゆずり得ぬ自分を省みること。(『エゴイズム小論』)
  • 道義退廃などと嘆くよりも先ず汝らの心に就いて省みよ。人のオセッカイは後にして、自分のことを考えることだ。(『エゴイズム小論』)
  • 人間の尊さは、自分を苦しめるところにあるのさ。満足はだれでも好むよ。けだものでもね。(『風と二十の私と』)
  • 人生を面白がろうとしないのだ。面白くないことを百も承知で平気で生きている奴の自信に圧倒されたのである。(『神サマを生んだ人々』)
  • 私は善人は嫌いだ。なぜなら善人は人を許し我を許し、なれあいで世を渡り、真実自我を見つめるという苦悩も孤独もないからである。(『蟹の泡』)
  • 私は悪人だから、悪事が厭だ。悪い自分が厭で厭でたまらないのだ。ナマの私が厭で不潔で汚くてけがらはしくて泣きたいのだ。私はできるなら自分をズタ/\に引き裂いてやりたい。そしてもし縫ひ直せるものならすこしでもましなやうに縫ひ直したい。(『蟹の泡』)
  • 言いたい者には、言わしめよ。人に対して怒ってはならない。ただ、汝の信ずるとろころを正しく行えば足りるものである。(『肝臓先生』)
  • 人情や愛情は小出しにすべきものじゃない。全我的なもので、そのモノと共に全我を賭けるものでなければならぬ。(『詐欺の性格』)
  • 盲目的な信念というものは、それが如何ほど激しく生と死を一貫し貫いても、さまで立派だとは言えないし、却って、そのヒステリィ的な過剰な情熱に濁りを感じ、不快を覚えるものである。(『青春論』)
  • 持って生まれた力量というものは、今更悔いても及ぶ筈のものではないから、僕には許された道というのは、とにかく前進するだけだ。(『青春論』)
  • モトデをかけずにホンモノをつかみだすことはできない。表面の綺麗ごとで真実の代償を求めることは無理であり、血を賭け、肉を賭け、真実の悲鳴を賭けねばならぬ 。(『続堕落論』)
  • 善人は気楽なもので、父母兄弟、人間共の虚しい義理や約束の上に安眠し、社会制度というものに全身を投げかけて平然と死んでゆく。(『続堕落論』)
  • もとより死にたくないのは人の本能で、自殺ですら多くは生きるためのあがきの変形であり、死にたい兵隊のあろう筈はないけれども、若者の胸に殉国の情熱というものが存在し、死にたくない本能と格闘しつつ、至情に散った尊厳を敬い愛す心を忘れてはならないだろう。(『特攻隊に捧ぐ』)
  • 我々はこの戦争の中から積悪の泥沼をあばき天日にさらし干し乾して正体を見破り自省と又明日の建設の足場とすることが必要であるが、同時に、戦争の中から真実の花をさがして、ひそかに我が部屋をかざり、明日の日により美しい花をもとめ花咲かせる努力と希望を失ってはならないだろう。(『特攻隊に捧ぐ』)
  • いのちを人にささげる者を詩人という。(『特攻隊に捧ぐ』)
  • 我々愚かな人間も、時にはかかる至高の姿に達し得るということ、それを必死に愛し、まもろうではないか。軍部の欺瞞とカラクリにあやつられた人形の姿であったとしても、死と必死に戦い、国にいのちをささげた苦悩と完結はなんで人形であるものか。(『特攻隊に捧ぐ』)
  • 青年諸君よ、この戦争は馬鹿げた茶番にすぎず、そして戦争は永遠に呪うべきものであるが、かつて諸氏の胸に宿った「愛国殉国の情熱」が決して間違ったものではないことに最大の自信を持って欲しい。(『特攻隊に捧ぐ』)
  • 人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し救わなければならぬ。(『堕落論』)
  • 人はあらゆる自由を許されたとき、自らの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう。(『堕落論』)
  • ともかく、希求の実現に努力するところに人間の生活があるのであり、夢は常にくづれるけれども、諦めや慟哭は、くづれ行く夢自体の事実の上に在り得るので、思惟として独立に存するものではない。(『デカダン文学論』)
  • 人間は先づ何よりも生活しなければならないもので、生活自体が考へるとき、始めて思想に肉体が宿る。生活自体が考へて、常に新たな発見と、それ自体の展開をもたらしてくれる。(『デカダン文学論』)
  • 私はたゞ人間、そして人間性といふものゝ必然の生き方をもとめ、自我自らを欺くことなく生きたい、といふだけである。(『デカダン文学論』)
  • 日本文学は風景の美にあこがれる。然し、人間にとつて、人間ほど美しいものがある筈はなく、人間にとつては人間が全部のものだ。(『デカダン文学論』)
  • めいめいが各自の独自なそして誠実な生活をもとめることが人生の目的でなくて、他の何物が人生の目的だろうか。(『デカダン文学論』)
  • 私は風景の中で安息したいとは思はない。又、安息し得ない人間である。(『デカダン文学論』)
  • 偉くなるといふことは、人間になるといふことだ。人形や豚ではないといふことです。(『デカダン文学論』)
  • 俗なる人は俗に、小なる人は小に、俗なるまま小なるままの各々の悲願を、まっとうに生きる姿がなつかしい。(『日本文化私観』)
  • 忘れな草の花を御存知?あれは心を持たない。しかし或日、恋に悩む一人の麗人を慰めたことを御存知?(『ピエロ伝道者』)
  • 親がなくとも、子は育つ。ウソです。親があっても、子が育つんだ。(『不良少年とキリスト』)
  • 負けぬとは、戦う、ということです。それ以外に、勝負など、ありゃせぬ。戦っていれば、負けないのです。(『不良少年とキリスト』)
  • 人間は生きることが、全部である。死ねば、なくなる。名声だの、芸術は長し、バカバカしい。私はユーレイはキライだよ。死んでも、生きているなんて、そんなユーレイはキライだよ。(『不良少年とキリスト』)
  • 死ぬ時は、ただ無に帰するのみであるという、このツツマシイ人間のまことの義務に忠実でなければならぬ。私は、これを人間の義務とみるのである。生きているだけが、人間で、あとは、ただ白骨、否、無である。そして、ただ、生きることのみを知ることによって、正義、真実が、生れる。生と死を論ずる宗教だの哲学などに、正義も、真理もありはせぬ。あれは、オモチャだ。(『不良少年とキリスト』)
  • 要するに今あるよりも「よりよいもの」を探すことができるだけだ。絶対だの永遠の幸福などというものがある筈はない。(『欲望について』)
  • 無為の平穏幸福に比べれば、欲望をみたすことには幸福よりもむしろ多くの苦悩の方をもたらすだろう。(『欲望について』)
  • ほんとうのことというものは、ほんとうすぎるから、私はきらいだ。死ねば白骨になるという。死んでしまえばそれまでだという。こういうあたりまえすぎることは、無意味であるにすぎないものだ。(『恋愛論』)
  • 私はいったいに同情はすきではない。同情して恋をあきらめるなどというのは、第一、暗くて、私はいやだ。(『恋愛論』)
  • 私は弱者よりも、強者を選ぶ。積極的な生き方を選ぶ。この道が実は苦難の道なのである。(『恋愛論』)
  • 所詮人生がバカげたものなのだから、恋愛がバカげていても、恋愛のひけめになるところもない。バカは死ななきゃ治らない、というが、われわれの愚かな一生において、バカは最も尊いものであることも、また、銘記しなければならない。(『恋愛論』)
  • 人生において、最も人を慰めるものは何か。苦しみ、悲しみ、せつなさ。さすれば、バカを恐れたもうな。(『恋愛論』)
  • 孤独は、人のふるさとだ。恋愛は、人生の花であります。いかに退屈であろうとも、この外に花はない。(『恋愛論』)
  • 私は悪人です、と言うのは私は善人ですというよりもずるい。(『私は海を抱きしめていたい』)
  • 人生はつくるものだ。必然の姿などといふものはない。歴史といふお手本などは生きるためにはオソマツなお手本にすぎないもので、自分の心にきいてみるのが何よりのお手本なのである。仮面をぬぐ、裸の自分を見さだめ、そしてそこから踏み切る、型も先例も約束もありはせぬ、自分だけの独自の道を歩くのだ。自分の一生をこしらへて行くのだ。(『教祖の文学』)
  • 人間孤独の相などとは、きまりきつたこと、当りまへすぎる事、そんなものは屁でもない。そんなものこそ特別意識する必要はない。さうにきまりきつてゐるのだから。(『教祖の文学』)
  • 自分といふ人間は他にかけがへのない人間であり、死ねばなくなる人間なのだから、自分の人生を精いつぱい、より良く、工夫をこらして生きなければならぬ。人間一般、永遠なる人間、そんなものゝ肖像によつて間に合はせたり、まぎらしたりはできないもので、単純明快、より良く生きるほかに、何物もありやしない。(『教祖の文学』)
  • 人間は悲しいものだ。切ないものだ。苦しいものだ。不幸なものだ。なぜなら、死んでなくなつてしまふのだから。自分一人だけがさうなんだから。銘々がさういふ自分を背負つてゐるのだから、これはもう、人間同志の関係に幸福などありやしない。それでも、とにかく、生きるほかに手はない。生きる以上は、悪くより、良く生きなければならぬ。(『教祖の文学』)
  • 大人はずるいものだ。表と裏が別で、口では正義を説きながら裏では利慾をはかり、自らの為し得ざえることを人には要求し、カラクリだの陰謀術数を人生の経緯とし、これを称して人間ができてゐるとか、大人物だとか、申してゐます。青年の純潔さや一本気な情熱などは青二才の馬鹿さ加減と考へてゐるのが常識で、又、悲しむべき現実でもあります。(『青年に愬ふ』)
  • 他をたよつたり、味方をふやすことを考へる必要もない。他の嘲笑を恐れる必要もないし、自分だけ正しく行動してゐるのに他の人々が悪いことをいてゐるといつて怒ってしまつてはもう駄目だ。(『青年に愬ふ』)
  • 青年は先づ「ひとり」であることが大切だ。さうして、自分とは何者であるか、何を欲し、何を愛し、何を憎み、何を悲しんでゐるか、それを自覚し、そして自分自身を偽らぬことです。(『青年に愬ふ』)
  • 他人が正しくないと云って憤るよりも、自分一人だけが先づ真理を行ふことの満足のうちに生存の意義を見出すべきではないですか。(『青年に愬ふ』)
  • 私は結社や徒党はきらひで、さういふものゝ中でしか自分を感じ得ぬ人々は特にきらひなのです。(『青年に愬ふ』)
  • 青年は純潔だなどゝ申しても、人間は悲しいもので、年をとると、だめになります。情熱はだんだんあせ、正義よりも私利に傾き、せちがらくなり、ずるくなり、例の大人になります。(『青年に愬ふ』)
  • 何物を破壊する必要もない。正しいもの、美しい物を造ることによって自ら破壊は行はれるでせう。(『青年に愬ふ』)
  • 重ねて言ふ、大人はずるく、青年は純潔です。君自身の純潔を愛したまへ。(『青年に愬ふ』)

 → http://my.reset.jp/~nakamoto/book_ango.html


坂口安吾 - Wikipedia』 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E5%8F%A3%E5%AE%89%E5%90%BE
坂口安吾デジタルミュージアム』 http://www.ango-museum.jp/
新潟市 - 安吾賞 -Ango Awards-』 http://www.city.niigata.lg.jp/info/bunka/ango/

すべて「一途」がほとばしるとき、人間は「歌う」ものである。

── 坂口安吾『ピエロ伝道者』


堕落論 (新潮文庫)

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桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫)

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