生活自体が考へるとき、始めて思想に肉体が宿る。
久し振りに安吾センセ。
元より人間は思ひ通りに生活できるものではない。愛する人には愛されず、欲する物は我が手に入らず、手の中の玉は逃げだし、希望の多くは仇夢(あだゆめ)で、人間の現実は概ねかくの如き卑小きはまるものである。けれども、ともかく、希求の実現に努力するところに人間の生活があるのであり、夢は常にくづれるけれども、諦めや慟哭は、くづれ行く夢自体の事実の上に在り得るので、思惟として独立に存するものではない。人間は先づ何よりも生活しなければならないもので、生活自体が考へるとき、始めて思想に肉体が宿る。生活自体が考へて、常に新たな発見と、それ自体の展開をもたらしてくれる。この誠実な苦悩と展開が常識的に悪であり堕落であつても、それを意とするには及ばない。
日本文化私観―坂口安吾エッセイ選 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
- 作者: 坂口安吾,川村湊
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1996/01/10
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