NAKAMOTO PERSONAL

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熊本地震で見えた日本社会のすごさ

「【正論】我慢強さ、秩序、協力… 熊本地震で見えた日本社会のすごさ  帝京大学名誉教授・志方俊之」(産経新聞
 → http://www.sankei.com/column/news/160420/clm1604200006-n1.html

 ≪態様が異なった避難行動≫

 大規模自然災害が起きる度に「想定外の被害」という言葉が飛び交う。そしてわれわれは、その都度、危機管理上の教訓を学ぶ。台風と地震はわが国にとって宿命とも言える自然災害だが、地震は地中で突然に起きるから、学術的な予知はいまだ難しい。今回の熊本地震の特性の一つは、本震の前後に過去に経験したことのない多数回の強い前震と余震を伴っていることである。このため、被災者の避難行動の態様が違った。

 屋内に留(とど)まることが危険だったので、避難者数が当初の約4万人から約10万人(ピーク時は約20万人)と大きく変動したのである。

 たとえ被災者数が変動しても、生活支援物資の基本である水や食料は、それが被災者に届いてこその支援である。近くの物資集積場に十分に積まれても、そこから先の避難施設に届くのに長い時間がかかってはならない。

 これは被災地域が広範囲で、どこに何人くらいの被災者が集まって、何を求めているかを知るのが極めて困難だった東日本大震災の救援活動でも指摘された教訓だった。その後、どうすれば、この教訓をいかせるのかと幾つかの研究がなされた。

 大規模災害では地方自治体そのものが被災して、その機能が極端に低下しているのだが、支援する側は効果的かつ公平な支援を考える。その結果、地元を知り、かつ統括している県や市が指定した「一時集積場」にまずは届けるということになる。しかし、県も市も人命救助に努力を集中しており、一時集積場への配員は手薄にならざるを得ない。結果として被災者の手元に届くまでに時間がかかってしまう。

 また発災時期が真冬ではなかったことから、避難所ではなく自動車の中で夜を過ごす被災者がかなりいた。さらに前震と本震が夜間に起きたため、自治体から指定されていた避難所ではなく、最寄りの広場や空き地などで自主的に避難生活を送った。これが今回も被災者に水、食料、毛布、医薬品などが届きにくかった原因の一つになった。この空隙を埋めるシステムを近隣自治体や国が創りだすことが重要な課題なのだ。


 ≪一体化した警察・消防・自衛隊

 それでも熊本地震に対する政府の災害対応は迅速かつ果敢だった。大規模災害対応で最も大切なことは、政府の政治的決断が速いことである。一旦、政治的決断がなされれば、全国的規模で警察は広域緊急援助隊を、消防は緊急消防援助隊を、自衛隊は統合任務部隊を編成し陸海空部隊を現地へ派遣する。当然、各省庁の連携も密になる。テレビの映像が示しているように、人命救助の現場では警察・消防・自衛隊が一体となって活動していることがよく分かる。

 災害派遣における自衛隊ならではの能力は、次の6つである。

  1. 「有事即応性」-前震発生の10分後に行われた防衛相の指示を受け、その11分後には夜間でも見える赤外線前方監視装置を搭載した航空自衛隊のF2戦闘機が築城基地を離陸した。
  2. 「自己完結性」-とくに陸上自衛隊は野外で行い得る給食・給水・野営・通信・医療・陸上輸送・ヘリ輸送・土木建設など他組織の能力を借りずに独自で行える。
  3. 「大量動員性」-一時に万単位の兵員を動員できる。東日本大震災では約10万人、熊本地震では2万人以上が投入されている。
  4. 「陸海空の統合性」-とくに東日本大震災以降、大規模な災害派遣で、3自衛隊は統合任務部隊として運用できるよう訓練・演習を行ってきた。
  5. 「特殊装備性」-震災により化学コンビナートで被害が発生した場合でも、陸上自衛隊は特殊武器防護能力を保有している。
  6. 「日米共同性」-東日本大震災トモダチ作戦ほどの規模ではないが、熊本地震でも沖縄の普天間飛行場所属の米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ2機が被災地での物資輸送を行った。もちろん統合任務部隊内に日米共同調整所が設けられた。日米部隊の共同運用は常日頃から訓練しているからこそ可能なのである。


 ≪協力や連携が災害を乗り越える≫

 熊本地震は強い余震が頻発しているから、外部からのボランティア参加は被災地に負担をかけるとして受け入れていない。しかし、被災地の高校生や中学生らが自発的に支援物資の分配や連絡業務に力を出している。

 熊本地震で多くの犠牲者が出たことは痛恨の極みであるが、われわれには日本社会の幾つかのすごさが見えてきた。それは被災者が示した我慢強さと秩序ある行動だ。自治体の職員、警察、消防、医師や看護師の懸命な努力のほかに、寡黙に任務をこなす自衛隊の組織力や自治体間の協力連携、在日米軍の支援など、挙げれば切りがない。

 われわれ人間には地震や台風のような自然現象を止めることはできない。しかし、こうした協力や秩序立った行動で災害に強い社会をつくり、損害を少なくすることはできるのである。