NAKAMOTO PERSONAL

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『国民が諸君を頼りにしている』

「【海保卒業式】『国民が諸君を頼りにしている』 安倍首相の海保学校卒業式での訓示全文」(産経新聞
 → http://www.sankei.com/politics/news/160319/plt1603190017-n1.html

 安倍晋三首相は19日、海上保安官を養成する海上保安学校京都府舞鶴市)の卒業式に現職の首相として初めて出席し、訓示で「平和で豊かな海を守る海上保安庁の役割は、重要性を一層増していく。それは時代の要請だ。それぞれの現場で全力を尽くしてほしい」と激励した。訓示の全文は以下の通り。

◇   ◇

 「本日、内閣総理大臣として初めて、この海上保安学校の卒業式に臨み、祝辞を述べる機会を得たことを大変うれしく思います。卒業おめでとう。卒業生諸君の誠に礼儀正しく、希望に満ちあふれた姿に接し、頼もしく感じております。本日は一言申し上げます」

 「台風が近づき、しける海の真ん中でその事故は起きました。7年前、八丈島沖で1隻の漁船が転覆しました。船体発見との知らせを受け、6人の潜水士が現場へと急行しました。漁船が消息を絶って既に3日。しかし、潜水士たちは決してあきらめませんでした。懸命の捜索作業を続け、船底のわずかな空気だまりに3人の生存者がいることを発見しました。よく生きていた。必ず助けようと自分を奮い立たせた。当時の榎木潜水士の言葉からは、その強い責任感が伝わってきます。転覆船での作業は、全員初めての経験でありましたが、冷静かつ見事な連係プレーにより、船内から3人の乗組員を無事救出しました。救出されたおひとり、鳰原(にゅうはら)さんの2人のお子さんは当時小学生でありました。『お父さんがいる』。こう言って無事帰還したお父さんと抱き合ったまま泣きじゃくっていたそうであります。人の命を守る。それは家族の幸せな暮らしを守ることでもあります。その任務は誠に崇高なものです」

 「昨年の関東東北豪雨の現場にも諸君の先輩方の姿がありました。洪水被害を受けた町では、多くの人たちが取り残されたまま夜を迎えました。本当に不安な気持ちであったと思います。そうした中で、海上保安庁特殊救難隊のヘリはサーチライトを照らしながら、一晩中、救出活動を続けました。その姿が、濁流の中に取り残された人たちをどれほど勇気づけたことでありましょう。海難事故や災害の現場で、大きな不安に駆られながら、諸君たちの救助を待っている人たちがいる。国民が諸君を頼りにしています。その自信と誇りを胸に、いかに困難な現場であっても、立派に任務を全うしてほしいと思います」

 「この3年間、私は横浜や那覇など大いに活躍する海上保安官たちの頼もしい雄姿を目の当たりにしてきました。広大な南西の海を守る最前線、石垣海上保安部にも足を運びました。私が訪れたときも、視察予定であった巡視船が早朝に緊急出航するなど緊迫した空気が張り詰めた現場でありました。尖閣諸島周辺海域から戻ったばかりの巡視船いしがきでは、同海域の現状を耳にし、厳しい現実を改めて実感しました。領海侵犯船との距離はわずか20メートルです。それでも巡視船いしがきは迷うことなく、領海侵犯船と日本漁船の間に割って入って高度な操船技術を駆使して、領海侵犯行為に毅然(きぜん)と立ち向かい、日本漁船を守り抜きました。国民を守る、そしてわが国の領土領海は断固として守り抜く。その強い決意がもたらした結果であったと思います。いまこの瞬間も日本を取り巻く広大な海を諸君の先輩たちが24時間365日体制で警戒監視に当たっています。荒波を恐れず、極度の緊張感に耐え、現場での任務を立派に果たす彼らは、日本国民の誇りであります。諸君が、これから臨むのは、こうした厳しい現場。この困難な道を強い使命感を持って選び取った諸君に心から敬意を表したいと思います」

 「15年前の事件でも諸君の先輩たちが海上保安官としての揺るぎない使命感を身をもって示してくれました。九州南西海域で巡視船あまみが追跡していた不審船から突然、自動小銃により攻撃されました。『かがめ!』。久留主(くるす)船長の声が船橋に響きました。100発を超える銃弾を受ける中で、長友(ながとも)航海士、金城(きんじょう)航海長が次々に負傷しました。ロケットランチャーによる攻撃まで行われました。しかし、そうした過酷な状況の下でも諸君の先輩たちはたじろぐことなく、任務を継続し、不審船の逃亡を決して許しませんでした。任務終了後、この海上保安学校の卒業生でもある久留主船長は、銃撃戦が行われた現場の状況を振り返り、こう語っています。『みな一致団結して、当たり前のことのようにやっていた』。いかなる状況にあっても当たり前のことのように任務をこなす。これは、並大抵のことではありません。しかし、これから海上保安官となる諸君には、その心構えを常に持って、これからの鍛錬を積み重ねてほしいと思います」

 「ときには、辛く苦しいと感じることもあるかもしれません。しかし、そうしたときにはこの海上保安学校での学びの日々をどうか思い出してほしい。厳しい訓練についていけず悔し涙を流した夜、乗り切った3回の遠泳、船酔いに苦しんだ乗船実習。すべてが諸君の血となり肉となっています。練習船みうらでの厳しい実習を終え、達成感、充実感の中で食べたあの万願寺カレーの味を思い出して、いかなる困難も乗り越えてほしいと願います」

 「鎖国日本の中でいち早く海の重要性に着目した林子平がその著書『海国兵談』の中で海の守りを強化すべきと訴えたのは220年ほど前のことであります。欧米の船舶が日本へとたびたび訪れるようになった。その現状にこう警鐘を鳴らしました。『江戸の日本橋からオランダまで境なしの水路なり』。日本の四方を取り囲む海は技術進歩の前には、もはや外敵を防ぐとりでとはならない。江戸から中国、ヨーロッパまで簡単に行き来できる時代になった。海の守りを固めなければならない、と書きました。しかし、鎖国政策を堅持する江戸幕府はこうした現実から目を背け、時代の変化に対応できず、幕府は半世紀後、滅亡することとなります」

 「現代においても、私たちが望むと望まざるとに関わらず、テクノロジーは日々、進化している。国際情勢も大きく激変している。こうした時代の変化に、私たちは常にしっかりと目をこらしていかなければなりません。海の底に眠るさまざまな資源は可能性を秘めている。海洋権益を守るため、調査は極めて重要であります。豊かな海を守るためには、海洋環境を保全する努力を怠ってはなりません。グローバル化が一層加速する中で、自由な海、平和で安全な海を守るためには国際的な協力を深めることが不可欠であります。今も世界の大動脈、アデン湾では海上自衛隊とともに、海上保安官の諸君が海賊対処に汗を流してくれています。東南アジアの国々の海上保安機関との2国間協力も、マラッカ海峡から南シナ海東シナ海へと延びる海上路の安全を確保するため、欠かすことはできません。平和で豊かな海を守る。海上保安庁の役割は、これからも変化し、その重要性を一層増していくことでありましょう。しかし、それは時代の要請であります。卒業生諸君、諸君には、どうか広い視野を持ち続けてほしい。それぞれの現場において、柔軟な発想で時代の変化に即応し、全力を尽くしてほしいと思います」

 「ご家族の皆様、この晴れの日に当たり、心からのお祝いを申し上げたいと思います。ご覧のように皆、立派な若武者となりました。入学前とは見違えるような、たくましく成長した姿を目の当たりにされて、感激もひとしおかと存じます。彼らを海上保安官として送り出してくださったことに、内閣総理大臣として、心から感謝します。お預かりする以上、しっかりと任務が遂行できるように万全を期すことをお約束致します。最後となりましたが、学生の教育に尽力された教職員の方々に敬意を表するとともに、日頃から海上保安活動にご理解ご協力を頂いているご来賓の方々に感謝を申し上げ、私の祝辞といたします。平成28年3月19日 内閣総理大臣 安倍晋三