NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

おい、散歩に出ようぢゃないか。

「なぜ散歩するだけで『悩みグセ』が止まるのか?~驚くべき効能の秘密 脳の働きが変わり、ストレスも減る」(現代ビジネス)
 → http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47583

自然を訪れることが脳に及ぼす物理的影響について、興味深い新しい研究結果が発表された。それによると、公園の中を散歩すると頭が鎮まり、その過程で脳の働きが変化してメンタルヘルスが改善される可能性があるという。

現代人の多くは都市に住み、何世代か前の人々と比べると、緑のある自然環境の中で過ごす時間がはるかに短くなっている。

さらに多くの研究によると、都市に住む人は都市の中心部から離れた所に住む人と比べて、不安神経症や抑鬱症、その他の精神病にかかるリスクが高いことも明らかにされている。

こうした病の発症は、ある程度相互に関連性があることを示す研究結果が増えている。多くの研究では、緑がある空間へのアクセスが少ない都市の住民は、公園の近くに住む人より心理的問題をもつケースが多いことが判明している。

また自然を訪れる都市の住民は、最近外に出ていない人と比較して、直後のストレスホルモンのレベルが低いことも分かっている。

しかし、公園やその他の緑がある空間に行くことが、どのようなメカニズムで気分を変えるのかということは、これまで明らかにされていない。自然を体験することが、実際に感情面での健康に影響を与えるような形で脳を変えるのだろうか?


「病的反芻」に対する散歩の影響

スタンフォード大学の、環境と資源両分野にわたるエメット学際プログラムに籍を置く大学院生のグレゴリー・ブラットマンは、この可能性に興味をもった。彼は、都市生活が心理に及ぼす影響を研究してきた学生だ。

以前の研究では、彼と同僚たちはボランティアを使って実験をした。その結果、スタンフォード大学のキャンパスにある緑豊かな場所を短時間歩いて通り抜けた人は、交通渋滞の近くの場所を同じ時間だけ歩いた人と比べ、歩いた後の注意力が高く、よりハッピーだったことが明らかにされた。

しかしこの研究は、外の自然の中にいたことの効果の根底にある神経的メカニズムを調査したものではなかった。

そこで新しい調査では、ブラットマン氏と協働者たちは、散歩をすることは人がくよくよ思い悩む傾向にどのような影響を与えるのかを詳しく調べることにした。なおこの研究は、「全米科学アカデミー紀要」の中で発表された。

人がくよくよ思い悩むことは、認知科学者の間では「病的反芻」と呼ばれており、これは、ほとんどの人が経験したことがある精神状態だ。そうなると、自分や自分の人生でうまくいっていないことについて、繰り返しくよくよ考えるのを止められなくなってしまうようだ。

壊れたレコードのように思い悩むことは健康的ではないし、何の役にも立たない。それは抑鬱症の前兆である場合もあり、多くの研究結果では、都市部の外に住む人と比べて都市の住民の間ではるかに多く見られることが明らかにされている。

しかし、おそらくブラットマン氏と同僚たちの目的から見て最も興味深いのは、そのような反芻傾向は、脳梁膝下野(のうりょうしっかや)と呼ばれる脳の部分の活性化と強い関連性があるということだろう。

ブラットマン氏は、もし自然の中に行く前と後に脳のこの部分の活動を追跡できれば、自然が人の脳を変えるかどうか、変えるとすればどの程度かについて、さらによく分かるだろうということに気づいた。


自然に身を置けば、気分が即効的によくなる

ブラッドマン氏たちは38人の都市に住む健康な成人を集め、病的反芻の通常のレベルを判定するためのアンケートに記入してもらった。

さらに研究者たちは、脳の血流を追跡するスキャンを用いて、各々のボランティアの脳梁膝下野における脳の活動を調べた。脳の部分に血液が多く流れているほど、この領域の活動がそれだけ活発であることを示す。

それからボランティアをランダムに割り当て、半分の人にはスタンフォード大学のキャンパスにある緑が多く静かで公園のような場所を、残りの半分には騒音がひどく交通量が多いレーンがいくつもあるパロアルトの高速道路の近くを90分間歩いてもらった。ボランティアたちは、他の人を同伴したり音楽を聴いたりすることは禁じられたが、自分のペースで歩いてよいとされた。

散歩が終わったらボランティアたちは即座にラボに戻り、再度アンケートの記入と脳のスキャンを行った。

予想通り、高速道路に沿った散歩は頭を鎮めることはなかった。脳梁膝下野への血流は依然として多く、思い悩む度合いを示すスコアにも変化は見られなかった。

ところがアンケート上のスコアによると、静かで両側に木が続く小道を散策したボランティアたちは、メンタルヘルスにおいてわずかながらも有意な改善が確認された。この人々は、散歩の前ほど生活のマイナス面にとらわれていなかったということだ。

さらに、脳梁膝下野への血流は低下していた。つまり、脳のこの部分は前よりも鎮静化されていたのだ。

これらの結果は、「自然環境の中に行くことは、明らかに」都市の住民たちの気分を容易に、かつほぼ即効的に改善する方法であることを示唆しているとブラットマン氏は指摘する。


散歩に関するふしぎなこと

もちろん、まだ分からないことは多々ある。

たとえば、メンタルヘルスにとって十分または理想的な自然の中にいる時間の長さとはどのくらいなのかとか、自然界のどこに最も鎮静作用があるのかなどだ。

それは緑なのか、静けさなのか、陽光なのか、土の匂いなのか、そのすべてなのか、はたまた別の何かが気分を明るくするのか?

心理的メリットをフルに得るためには歩くか、その他の方法で戸外で肉体的に活動する必要があるのか?

一人でいるべきなのか、それとも同伴者がいれば気分はさらに高揚するのだろうか?

「まだやるべき研究はたくさんあります」とブラットマン氏は言う。

しかし今のところ、最寄りの公園を散歩して悪いことはほとんどないし、少なくともしばらくの間は、うまく脳梁膝下野を鎮めることができるかもしれないと同氏は指摘する。


 仔牛が厭(あ)きて頭をぶらぶら振ってゐましたら向ふの丘の上を通りかかった赤狐が風のやうに走って来ました。

「おい、散歩に出ようぢゃないか。僕がこの柵を持ちあげてゐるから早くくぐっておしまひ。」

── 宮沢賢治(『黒ぶだう』)