怪人二十面相の苦悩
ところで小林君、この事件では常識では説明のできないような点がいろいろあるね。それをひとつかぞえあげてみようじゃないか、これが探偵学の第一課なんだよ。
今日の『産経抄』より。
「【産経抄】怪人二十面相の苦悩 10月19日」(産経新聞)
→ http://www.sankei.com/column/news/151019/clm1510190004-n1.html
英国の作家、コナン・ドイルは、自らが生み出した名探偵、シャーロック・ホームズを憎んでいた。ホームズものを書きまくっていたころ、妻のルイザが肺結核を発症する。本業が医者だったにもかかわらず、病気の兆候に気がつかなかったのは、ホームズが時間を奪ったせいだ。
そう思い込んだドイルは、ホームズを殺す決心をする。2人は療養のためにスイスを訪れ、滝の名所を旅行した。『最後の事件』で、ホームズはこの滝に落ち込んでいく。読者の懇願に応えてホームズが復活するのは、10年後だった(『世界でいちばん面白い英米文学講義』草思社)。
日本の探偵小説の父と呼ばれる江戸川乱歩も、名探偵、明智小五郎や少年探偵団のリーダー、小林少年の死を願う日があったのだろうか。今年、没後50年を迎える乱歩が昭和11(1936)年に記した、未発表の手記が見つかった。
少年雑誌に、『怪人二十面相』の連載が始まったばかりの時期である。変装の名人である怪盗と、明智探偵らの対決は、たちまち読者の心を捉えた。しかし、41歳の乱歩は人気を喜ぶどころか、鬱々とした日々を送っていたようだ。手記には、「小説作りはおぞましき現実である」と、創作の苦悩がつづられていた。
専門家は、「書きたいものが思うように書けないつらさ」を指摘する。乱歩の作品が当局からにらまれ、検閲が厳しくなるのは、まもなくである。そんな時代背景とも関わりがあるのかもしれない。
今はどうかは知らぬが、小欄の小学校時代は、『怪人二十面相』と『ホームズ』が、図書館の人気トップを争っていた。当時は、ワクワクドキドキするばかり。作家の悩みに、想像が及ぶわけがない。久しぶりに読み返してみよう。
「江戸川乱歩『小説作りはおぞましき現実』 執筆の苦悩記す手記」(産経新聞)
→ http://www.sankei.com/west/news/151017/wst1510170059-n1.html
「江戸川乱歩の手記発見 創作の苦悩つづる 」(日本経済新聞)
→ http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG17H71_Y5A011C1CR8000/
子供の頃は、明智小五郎や小林芳雄少年の率いる少年探偵団の活躍に胸躍らせた一人。
ホームズやルパンより明智小五郎。金田一耕助。
そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。
「二十面相」というのは、毎日毎日、新聞記事をにぎわしている、ふしぎな盗賊のあだ名です。その賊は二十のまったくちがった顔を持っているといわれていました。つまり、変装がとびきりじょうずなのです。────
このお話は、そういう出没自在、神変ふかしぎの怪賊と、日本一の名探偵明智小五郎との、力と力、知恵と知恵、火花をちらす、一騎うちの大闘争の物語です。
大探偵明智小五郎には、小林芳雄という少年助手があります。このかわいらしい小探偵の、リスのようにびんしょうな活動も、なかなかの見ものでありましょう。
さて、前おきはこのくらいにして、いよいよ物語にうつることにします。
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