駄々っ子
「【主張】安保関連法案 採決こそ議会制の根幹だ」(産経新聞)
→ http://www.sankei.com/column/news/150918/clm1509180003-n1.html
安全保障関連法案は参院特別委員会で可決されたが、審議の終局段階を迎え、反対する野党の採決阻止行動によって国会の混乱が続いている。
採決にあたり、民主党議員らは国会の一部を占拠し、鴻池祥肇特別委員長の移動を封じようとするなど、物理的妨害を重ねた。
他の反対勢力ともども「民意に反した強行採決は許されない」などと批判しているが、まったく的外れだ。審議を経た法案を採決するのは立法府として当然だ。
国会議員やその集まりである政党は、国民の負託を受けて、法案採決を通じた政策的判断を求められる。それを否定するなら、議会制民主主義は成り立たない。
とくに問題なのは、審議の終盤から、民主党などが国会周辺で法案に反対するデモ隊と連動するように、同様のスローガンを叫び続けていたことである。
学生グループ「SEALDs(シールズ)」の行動を称賛し、「採決は民主主義に反する」といった主張にまで同調している。
国民には当然ながらデモをする権利がある。だが、一部のデモ隊が国民の声を代表しているかのように、民主党が位置付けているのは大きな誤りだ。
国民が「正当に選挙された代表者を通じて行動」する議会制民主主義の考え方は、憲法前文の冒頭に出てくる。デモ隊の下請けのような活動は、政党としての役割を放棄するものではないか。
岡田克也代表は「私たちの後ろには1億人がいる」などと、法案に関する説明が不十分な点を強調している。政府の説明が的確さを欠いてきた面はある。
だが、自らの安保政策を確立しないまま「違憲法案」などと決めつけてきた。深みのある論戦を展開できなかった大きな要因は民主党にある。「1億人」のうち、民主党の政策を支持する国民がどれくらいいると考えているのか。
参院での関連法案の審議は100時間を上回った。衆院の116時間を加え、戦後の安全保障分野の法案審議としては最長だ。
採決では、国会の事前承認について政府と同意した日本を元気にする会、次世代の党など野党3党も賛成した。与党単独採決にはあたらない。現実の脅威を踏まえて行うべき安保政策の論議に、もっぱら抵抗の姿勢を見せる目的のパフォーマンスは不要だ。
「【緊迫・安保法案】子供には見せられぬ 政治部長・有元隆志」(産経新聞)
→ http://www.sankei.com/politics/news/150918/plt1509180010-n1.html
「【緊迫・安保法案】騎馬戦? 棒倒し? 暴力まがいの議員に安保政策を論じる資格なし」(産経新聞)
→ http://www.sankei.com/politics/news/150918/plt1509180006-n1.html
- 「審議を経た法案を採決するのは立法府として当然だ。」
- 「暴力まがいの行動に訴える国会議員に、日本の平和と安全保障政策を論じる資格はない。」
暴力に訴え議会を混乱させ、議会制民主主義を否定しているのはどちらか?
戦争反対、暴力反対。金科玉条、錦の御旗たる平和憲法の信奉者たちではないのか。
力ではなく、話し合いで解決するのではないのか?
挙げ句の果てには牛歩、牛タンにお焼香、ピンクの鉢巻。
まるで駄々っ子。
賢人たちはお見通し。
- 「話し合いはできないのである。ここにおいて暴力は出る幕なのである。暴力は自然なのである。正義は常に双方にある。」(山本夏彦『最後の波の音』)
翁に曰く、
大ぜいが異口同音にいうことなら信じなくてもいいことだ。
── 山本夏彦(『何用あって月世界へ』)