NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

百倍

 盲目的な信念というものは、それが如何ほど激しく生と死を一貫し貫いても、さまで立派だとは言えないし、却って、そのヒステリィ的な過剰な情熱に濁りを感じ、不快を覚えるものである 。

── 坂口安吾(『青春論』)


「【私の『反知性主義』的考察】新手のレッテル貼り、その正体は… 小浜逸郎(評論家)」(産経新聞
 → http://www.sankei.com/life/news/150831/lif1508310023-n1.html

※この記事は月刊正論9月号から転載しました。

 軍国主義者、ナショナリスト、ショーヴィニスト、ネトウヨと続き、歴史修正主義者がきて、今度は「反知性主義」ですか。次々に新しいレッテルが出てくるので、ついていくのが大変ですな。じつは私、世事に疎いので編集者の方から寄稿依頼を受けた時、思わず「それ、誰がコトアゲしてるんですか」って聞いちゃいました。とりあえず佐藤優氏と内田樹氏の二人の名前が出てきました。

 佐藤氏って、国際関係にかかわる「インテリジェンス」を売り物にしている人ですよね。でもこの場合のインテリジェンスは、あくまで「情報」。「知性(intellect)」と語源的に共通しているからといって、ご本人まで両者を混同して反知性主義批判者を標榜するのは、何だか流行に便乗しているだけみたい。もちろん、物事の正否を判断するのに豊富な情報や確実な知識は必要で、佐藤氏はそれらを提供してくれて重宝ではあるものの、失礼ながら、どうも「知性主義者」のようには見えません。知性とは、知識・情報を統合して、ある問題に関して的確な価値判断を下す能力のことです。

 では内田氏はどうでしょうか。以前私はこの人を本誌(2014年1月号)で徹底的に批判したことがあります。朝日新聞共産党と寸分違わない幼稚な反権力思想と政治や経済に対する音痴ぶりに、見事な「反知性」を見たからです。また彼は、「戦争指導部も『このままでは革命が起きて自分たちが殺されるかもしれない』という恐怖に取り憑かれて、そこでようやくポツダム宣言を受諾した」とか「中韓の日本に対する謝罪要求が終わらないのは、謝っていないからです」などとデタラメを振りまき、信じられない「反知性」を発揮している人です(http://asread.info/archives/1291--原典「内田樹のぽかぽか相談室」が引き出せないので、岩田温氏の記事からの孫引きによります)。

 そのご当人が『日本の反知性主義』(晶文社)なる本を編み、そのまえがきにこんなことを書いています。「ホーフスタッターの『アメリカの反知性主義』は(中略)アメリカ人の国民感情の底に絶えず伏流する、アメリカ人であることのアイデンティティとしての反知性主義を剔抉した名著でした。現代日本の反知性主義はそれとはかなり異質なもののような気がしますが、それでも為政者からメディアまで、ビジネスから大学まで、社会の根幹部分に反知性主義・反教養主義が深く食い入っていることは間違いありません。」

 たしかに内田氏もその一人と考えれば、「~大学まで反知性主義が深く食い入っていることは間違いない」でしょうな。ちなみに恥ずかしながら私はホーフスタッターの『アメリカの反知性主義』を読んでおりませんが、すぐわかることがあります。それは内田氏が、この歴史的な大著の権威をひょいと借りてきて、本の中身などそっちのけで自分の反権力気分を拡散させるためにだけ利用しているという事実です。それってとっても「反知性主義」的。

 で、その気分の標的とされているのは、国会での安保法制化という安倍政権の動きとそれを容認している国民なわけですが、それなら、次の動きは反知性主義的ではないでしょうか。

 ・反日知識人のほとんどは、今回の安保法制化の具体的内容とその現実的な必要性をきちんと検討もせずに「戦争への道」というネガティブキャンペーンで国民を煽っている。

 ・煽られた国民は、やはり法案の中身を調べずにデモやビラ配りを行っている。

 ・反権力の空気醸成のために次々と新手のレッテルを考え出す。

 私自身はといえば、この法案の中身をちゃんと検討した上で「不十分ながら賛成」の立場を取っていますが、単に安倍政権を支持しているわけではなく、その経済政策には根拠を示しつつ、金融緩和策以外すべて反対しています。

 ホーフスタッターなど「教養主義」的に読まなくとも、時局問題についてきちんと勉強した上で価値判断を示す。その勉強には、浮ついた日本知識人の観念的な反対をよそに、自衛隊をはじめさまざまなきつい現場で、黙々と必要事をこなしている人々に想像力を馳せる行為も含まれます。それを反知性主義と呼ぶなら、喜んで反知性主義者を標榜しましょう。


 小浜逸郎氏 昭和22(1947)年、横浜市に生まれる。横浜国立大学工学部卒業。家族論、教育論、思想、哲学など幅広く批評活動を展開する。国士舘大学客員教授。著書に『弱者とは誰か』『やっぱり、人はわかりあえない』(いずれもPHP新書)、『日本の七大思想家』(幻冬舎新書)など多数。

  • 反日知識人のほとんどは、今回の安保法制化の具体的内容とその現実的な必要性をきちんと検討もせずに「戦争への道」というネガティブキャンペーンで国民を煽っている。
  • 煽られた国民は、やはり法案の中身を調べずにデモやビラ配りを行っている。
  • 反権力の空気醸成のために次々と新手のレッテルを考え出す。

翁に曰く、

馬鹿は百人集まると、百倍馬鹿になる。

── 山本夏彦(『何用あって月世界へ』)