焼け跡世代からのメッセージ
「戦争とは何なのか? 焼け跡世代からのメッセージ~養老孟司」(PRESIDENT Online)
→ http://president.jp/articles/-/15826
私は小学2年に鎌倉で終戦を迎えました。鎌倉は直接の空襲こそなかったですが、横浜、川崎などの工業地帯は激しい空襲に遭い、上空をB29が頻繁に通過していきました。
私の場合、本当に大変だったのは、終戦後です。当時の様子は、説明してもなかなか今の人には伝わらないでしょう。強いて言うなら、「3.11」直後のような状態。空襲を受けた大都市は、南三陸のようにがれきの山。直接被害がない地域も、商店の棚は空っぽでした。しかも、食糧不足は戦後2~3年続いたわけです。
田舎に食料があっても、鉄道網が寸断されて、都市部に入ってこない。空襲で住む家もない。そんな中、数百万人の在外日本人・日本兵が引き揚げてきたのです。別荘地の邸宅はどこも、焼け出された複数の家族が、身を寄せ合って住んでいました。
家族で撮った当時の写真が1枚だけ残っていますが、大人も子供もガリガリにやせ細って、まるで難民キャンプのようです。口にできたものといえば、サツマイモを干した自家製の乾燥芋と、庭の家庭菜園で栽培したわずかな野菜くらいでした。
食べ物がないことの苦しさは、今の子にはわからないでしょう。ずっと同じメニューが続くと、栄養が偏って、体が受け付けなくなるのです。味を変えようにも、塩もみそもない。そんな状況がずっと続きました。
今の若い人たちは「上の世代から戦争の話を聞いていない」というけれど、それは当然です。私の10歳上の兄は予科練に行っていましたが、終戦後も決してその話をしようとはしませんでした。
なぜかと考えると、理由は2つあります。1つは戦争をいくら言葉にしても、同じ体験をした者にしか伝わらないという諦めがあるから。もう1つは、社会の価値観があまりにも変わってしまい、話す立場がなくなったからです。社会が戦争自体を完全に否定したため、参加した人々は何も語れなくなったのです。
戦争が言葉にできないというのは、赤の他人の「死」が実感できないということに似ています。人が「死」を意識するのは、身近な人が死んだときくらいではないでしょうか。戦争も映像や記録はたくさんありますが、いくら詳しく話を聞いても、赤の他人の経験は決してリアルな実感を与えてはくれません。
ところが、言葉を尽くしても、伝わらないことがある、ということを理解していない日本人が増えてきた。そのことに、危機感を覚えます。
政治家で言えば、森喜朗、小渕恵三、橋本龍太郎、河野洋平あたりまでが、「言葉を尽くしても伝わらない戦争体験」をギリギリ共有していた。彼らはみな私と同じ、戦争を知っている最後の世代で、自分たちより上の世代が見たであろう、戦場の惨劇を想像できる政治家でした。われわれより後の戦後世代になると、もう感覚がまるで違う。知識のうえで戦争を知ったような気になっている。言葉でわかると勘違いしているのです。
こうした人たちが「わかった」という誤った確信を基に、世の中を動かし始めたら、どうなるでしょうか。
世間が変わるのは、あっという間です。いま正義だといわれている価値観なんて、どうせ社会が変われば簡単にひっくり返るのです。
私にそう確信させたのは、終戦時の“教科書の墨塗り”です。当時は学校の先生よりも国定教科書のほうが偉かったんですが、進駐軍の指令で、“軍国主義的な内容”とされた箇所を墨汁で塗りつぶしました。それまで「鬼畜米英」がスローガンだった社会が、敗戦を境に「平和憲法万歳」の世に180度変わっていくのを目の当たりにしました。
戦争というと、遠い過去のような気がしますが、似たような集団心理は時々発生します。私は1960年代末の大学紛争のときにそれを感じました。私が研究室に居ると、ヘルメットをかぶって、ゲバ棒を持った学生たちが30人くらい雪崩(なだ)れ込んできて、「この非常時に何が研究か」と言うから驚きました。「非常時」なんて言葉は、まさしく戦中の軍国主義そのものです。それを戦争を批判する左翼が口にしたのです。
世間は形を変えて、自発的に暴走していきます。そして、その渦中にいるときは、異変に気付くことができません。学生運動もそうでした。
いまの若い親世代、子供世代には、平和なときに「自分にとって、何が一番大事なことなのか」を考えてほしい。戦争が始まると、それがわからなくなってしまい、社会の暴走に巻き込まれてしまいます。平和なときにこそ、考える軸を養ってほしい。
太平洋戦争で、誰も社会の暴走にブレーキをかけられず、その先に待っていたのは、多くの国民が道具として使い捨てられる社会でした。
残念なことですが、戦争体験はいくら言葉を尽くしても伝わりません。しかし、言葉が無力であるということは、同時に私たちに何を見るべきかを教えてくれます。大事なのは言葉ではなく、行動です。権力者が何を言っているかではなく、何をやっているかをよく見てください。そして、世の中をつくるのも、私たちが何をするかにかかっているのです。
『2014年10月13日(Mon) 「みんな仲良く」が危ない理由』 http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20141013
『2013年03月06日(Wed) 構造と機能』 http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20130306
『2007年10月14日(Sun) 人生を虫に習う』 http://d.hatena.ne.jp/nakamoto_h/20071014
- 作者: 養老孟司
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1998/10
- メディア: 文庫
- 購入: 5人 クリック: 67回
- この商品を含むブログ (78件) を見る
- 作者: 養老孟司,伊藤弥寿彦
- 出版社/メーカー: 廣済堂出版
- 発売日: 2015/07/03
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (1件) を見る