NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

露伴

2ヶ月ぶりのフットサル。
脚は本調子ではないし、膝もイマイチ、足首は捻挫。ジメジメ炎天の毎日。
露伴よろしく「よし突貫してこの逆境を出(い)でむと決したり。」

 身には疾(やまい)あり、胸には愁(うれい)あり、悪因縁(あくいんねん)は逐(お)えども去らず、未来に楽しき到着点の認めらるるなく、目前に痛き刺激物あり、慾あれども銭なく、望みあれども縁(えん)遠し、よし突貫してこの逆境を出(い)でむと決したり。五六枚の衣を売り、一行李(こうり)の書を典し、我を愛する人二三にのみ別(わかれ)をつげて忽然(こつぜん)出発す。時まさに明治二十年八月二十五日午前九時なり。桃内(ももない)を過ぐる頃、馬上にて、


   きていたるものまで脱いで売りはてぬ
      いで試みむはだか道中

── 幸田露伴(『突貫紀行』)

今日は蝸牛忌。
昭和22年7月30日、幸田露伴 没


露伴の幸福になるための3つの方法。
努力論』より“幸福三説”


幸田文、娘から見た『父・こんなこと』

 掃いたり拭いたりのしかたを私は父から習った。掃除ばかりではない。女親から教えられる筈であろうことは大概みんな父から習っている。パーマネントのじゃんじゃら髪にクリップをかけて整頓することは遂に教えてくれなかったが、おしろいのつけかたも豆腐の切り方も障子の貼りかたも借金の挨拶も恋の出入りも、みんな父が世話をやいてくれた。

 何からやる気だと問われて、はたきをかけますと云ったら言下に、「それだから間違っている」と一撃のもとにはねつけられた。整頓が第一なのであった。「その次には何をする。」考えたが、どうもはたくより外に無い。「何をはたく。」「障子をはたく。」「障子はまだまだ!」私はうろうろする。「わからないか、ごみは上から落ちる、仰向け仰向け。」やっと天井の煤(すす)に気がつく。長い采配の無い時にはしかたが無いから箒(ほうき)で取るが、その時は絶対天井板にさわるなと云う。煤の箒を縁側ではたいたら叱られた。「煤の箒で縁側の横腹をなぐる定跡は無い。そういうしぐさをしている自分の姿を描いて見なさい、みっともない格好だ。女はどんな時でも見よい方がいいんだ。はたらいている時に未熟な形をするようなやつは、気どったって澄ましたって見る人が見りゃ問題にならん」と、右手に箒の首を掴み、左の掌(てのひら)にとんとんと当てて見せて、こうしろと云われた。机の上にはたきをかけるのはおれは嫌いだ、どこでもはたきは汚いとしりぞけ、漸(ようや)く障子に進む。
 ばたばたとはじめると、待ったとやられた。「はたきの房を短くしたのは何の為だ、軽いのは何の為だ。第一おまえの目はどこを見ている、埃はどこにある、はたきのどこが障子のごこへあたるのだ。それにあの音は何だ。学校には音楽の時間があるだろう、いい声で唱うばかりが脳じゃない、いやな音を無くすことも大事なのだ。あんなにばたばたやって見ろ、意地の悪い姑さんなら敵討ちがはじまったよって駆け出すかもしれない。はたきをかけるのに広告はいらない。物事は何でもいつの間にこのしごとができたかというように際立たせないのがいい。」

 鉈(なた)を持った一番最初は、風呂を焚くたきつけをこしらえる為であった。こつんとやると刃物は木に食い込む、食い込んだまま二度も三度もこつんこつんとやって割る。「薪を割ることもしらないしようの無い子だ、意気地の無いざまをするな」と云って教えてくれた。おまえはもっと力が出せる筈だ、働くときに力の出し惜しみするのはしみったれで、醜で、満身の力を籠めてする活動には美があると云った。「薪割りをしていても女は美でなくてはいけない、目に爽やかでなくてはいけない」」というんだから、その頃は随分うるさい親爺だとおもっていた。枕にそえて割る木を立て、直角に対いあって割り膝にしゃがむ。覘(ねら)いをさだめてふりあげて切るのは違う。はじめからふりあげといて覘(ねら)って、えいと切りおろすのだ。一気に二ツにしなくてはいけない。割りしぶると、構えが足りないと云う。玄人以外の鉈は大概刃の無い鈍器なのだから一気に使うものだぞうで、「二度こつんとやる気じゃだめだ、からだごとかかれ、横隔膜をさげてやれ。手のさきは柔らかく楽にしとけ。腰はくだけるな。木の目、節のありどころをよく見ろ。」全くどうしていいのかわからない。父は二度三度して見せた。

── 幸田文(『父・こんなこと』)

父・こんなこと (新潮文庫)

父・こんなこと (新潮文庫)

幸田文しつけ帖

幸田文しつけ帖


海舟、評して曰く、

 小説もたいくつなときには、読んでみるが、露伴という男は、四十歳くらいか。あいつなかなか学問もあって、今の小説家には珍しく物識りで、少しは深そうだ。聞けば、郡司大尉の兄だというが、兄弟ながらおもしろい男だ。

── 勝海舟(『氷川清話』)

努力論 (岩波文庫)

努力論 (岩波文庫)

五重塔 (岩波文庫)

五重塔 (岩波文庫)