「六月の夜の都会の空」
六月の夜。
タルホ。
或る昼休みの教室の黒板に、I は「六月の夜の都会の空」という九字を走り書きして、直ちに消してしまった。「いや何でもありやしない」と彼は甲高い声で江美留に云った。「―でも、ちょっといい感じがしやしないかい?」
なるほど! 六月の夜の都会の空。
この感覚は自分にも確かに在った。夕星を仰いで空中世界を幻視する時、そんな晩方はまた、やがて「六月の夜の都会の空」でなければならない。汗ばんで寝苦しがっているまんまるい地球を抱くようにのしかかっている暗碧の空には、星々がその星座を乱したのであるまいかと疑われるほど狂わしげな位置を採って燦めき、そして時計のセカンドを刻む音と共に地表の傾斜がひどくなって、ついに酸黎のように赤ばんだ月をその一方の地平線におし付けてしまった刻限には、昼間から持ち越しの苦悩に堪えかねた高層建築物たちは、もはや支え切れずに、水晶の群簇のように互いに揺らめきかしいで、放電を取り交わしているのでなければならない。
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