死者に投票権を
伝統とは、あらゆる階級のうちもっとも陽の目を見ぬ階級、われらが祖先に投票権を与えることを意味するのである。死者の民主主義なのだ。単にたまたま今生きて動いているというだけで、今の人間が投票権を独占するなどということは、生者の傲慢な寡頭政治以外の何物でもない。伝統はこれに屈服することを許さない。あらゆる民主主義者は、いかなる人間といえども単に出生の偶然により権利を奪われてはならぬと主張する。伝統は、いかなる人間といえども死の偶然によって権利を奪われてはならぬと主張する。正しい人間の意見であれば、たとえその人間が自分の下僕であっても尊重する──それが民主主義というものだ。正しい人間の意見であれば、たとえその人間が自分の父であっても尊重する──それが伝統だ。民主主義と伝統──この二つの観念は、少なくとも私には切っても切れぬものに見える。二つが同じ一つの観念であることは、私には自明のことと思えるのだ。われわれは死者を会議に招かねばならない。古代のギリシア人は石で投票したというが、死者には墓石で投票して貰わなければならない。
1936年6月14日 ギルバート・キース・チェスタトン 没。
偶然に今この時代に生まれてきたという理由だけで、我々の過去の歴史、人々(死者)を裁いてはならない。むしろ過去(死者)によって我々が裁かれるのである。死者の意思を尊重するのが伝統主義。保守思想である。
何でも知ったような顔をして生きている我々現代人(今生きている人間)よりも、過去の人間(死んだ人間)の方が遙かに多いのだから。
死者にこそ投票権を。
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