「正義の主張は犯罪と心得べし」
福田恆存は言う。
「正義の主張は犯罪と心得べし」
愛の陰には色情があり、正義の陰には利己心がある。反省の篩(ふるい)にかければ、愛や正義の名に値するものはめったにない、と。
「ドローン事件『反原発訴えるためにやった』」(NHK NEWS)
→ http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150425/k10010060661000.html
「元空自隊員、原発再稼働に焦燥感も ドローン事件容疑者」(朝日新聞)
→ http://www.asahi.com/articles/ASH4T5HCDH4TUTIL01R.html
「【官邸ドローン】容疑者、川内原発も下見か『どうすりゃ原発止まるんだ』」(ハフィントンポスト)
→ http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/26/kantei-drone-sendai-npp_n_7145422.html
望むらくは、今日の正義の主張者が、正義論もまた猥談のごとく人前で大声に語りにくき恥ずべきものと心得られんことを。
自分だけの正義というものはなく、正義はつねに主張のうちにある。相手のため、他人のためと言ったこところで、どうしても人を強制することになる。強制それ自体が悪であるばかりではない。どんな正義もその半面には不正と必然悪をともなってをり、そこには人を益するものがあると同時に人を害するものがあるのだ。
他人にたいする寛容というのは現代的な美徳であるが、昔は独りを慎む礼儀というものがあって、それは主張や表現を事とする文章の世界をも支配していた。たとへばエロティックな事柄を口にする場合、「デカメロン」でも「アラビアン・ナイト」でも、ユーモアやレトリックなしではすまされなかったのである。
現代でも、そしてもっと低級な春本や猥談においてさえ、やはりそれなりに低級な笑いを、この場合は礼儀とまでは言わぬごまかしの煙幕に用いている。望むらくは、今日の正義の主張者が、正義論もまた猥談のごとく人前で大声に語りにくき恥ずべきものと心得られんことを。
- 作者: 福田恒存,中村保男,谷田貝常夫
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1998/04
- メディア: 文庫
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