NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

桜を愛する日本人

 私たちの日本の花、すなわち桜は、その美しい粧いの下にとげや毒を隠し持ってはいない。自然のおもむくままにいつでもその生命を棄てる用意がある。その色合いは決して華美とはいいがたく、その淡い香りには飽きることがない。

── 新渡戸稲造『武士道』


「桜を愛する日本人・・・『もののあわれ』、『武士道』、『大和ごころ』=中国メディア」(サーチナ
 → http://news.searchina.net/id/1567160?page=1

 国営新華社系のニュースサイト新華網は24日付で「毎年3月末から4月初旬にかけて、東京の全域が、鮮やかに輝く桜の雲で覆われる」として、「日本人はなぜ、そこまで桜を愛するのか」と題する記事を発表。同記事は日本人の「もののあわれ」や「武士道」、「大和心」にも言及した。

 記事は、「日本人が桜を熱愛する様子は、外国人には想像すら困難」と説明。清朝末期の外交官で詩人でもあった黄遵憲も日本に滞在した際に、桜に対する日本人の熱狂ぶりを「驚嘆した」という。

 記事は、「夜桜」や「桜吹雪」の素晴らしさにも触れた。さらに、日本人は桜の品種改良を続け、江戸時代末期までに桜の品種は300種、現在では600種に達したと伝え、現在の代表的品種は江戸時代末期に登場したソメイヨシノと紹介した。

 日本人が桜を愛する理由としてはまず、「短い期間咲き誇り、突如散る。これことが特に日本人の情緒にぴったりだった」とした。さらに、本居宣長の短歌「敷島の大和心を人問はば、朝日に匂ふ山桜花」を例に、桜は「もののあわれを基調とする日本人の心」に合致したと説明。また「武士道精神は“犬死に”を最も恐れる。満開になった瞬間に散っていく桜は、日本の武士が追い求めた『はなばなしく生き、壮烈に死ぬ』精神のたとえとされた」と紹介した(解説参照)。

 文章は、東京の青山墓地を例として、日本の多くの墓地には桜が植えられていると指摘。「桜の花の下で死にたいという、日本人の願望に対応している」との考えを示した。

 また、「日本の皇室のシンボルは菊の花だが、小中学校、商業学校、警察、自衛隊などで桜が紋章として使われている場合が極めて多い」と指摘。桜について、「花ひとつひとつは淡泊平凡。しかし、全体が組み合わされれば壮観な花の海になる。これは集団主義でである日本文化にも合致している。日本人は集団の中で個性を突出させることがないが、凝縮力は極めて強く、集団全体として巨大なエネルギーを秘めている」と論じた。

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◆解説◆

 上記記事の筆者は「武士と犬死」については誤解している可能性がある。出典は江戸時代中期の書物である「葉隠」と見られるが、同書は、武士として死ぬべき時に、「犬死にとなるのでは」と心配することを「思い上がり」と否定している。

 ただし中国では多くの場合、日本の武士道を「軍国主義の根源」として強く非難するが、上記記事は武士道を否定していない。逆に、日本人の桜を愛する心情を武士道の人間観と関係づけ、さらに日本人の団結力に結びつけて論じている。桜と絡めて日本人の考え方を中立の立場で解説していると言える。

 記事が論じる桜と墓地の関係については、西行の「願わくは花のもとにて春死なむ その如月の望月の頃」の歌を下敷きとしたと思われる。(編集担当:如月隼人)(写真は記事を掲載した新華網の頁のキャプチャー)


我等は人生の大抵の問題は武士道を以て解決するのである。

 我等は人生の大抵の問題は武士道を以て解決する、正直なる事、高潔なる事、寛大なる事、約束を守る事、借金せざる事、逃げる敵を遂わざる事、人の窮境に陥るを見て喜ばざる事、是等の事に就て基督教を煩わすの必要はない、我等は祖先伝来の武士道に依り是等の問題を解決して誤らないのである

── 内村鑑三(『武士道と基督教』)

  • 正直なる事
  • 高潔なる事
  • 寛大なる事
  • 約束を守る事
  • 借金せざる事
  • 逃げる敵を遂わざる事
  • 人の窮境に陥るを見て喜ばざる事


武士道 (岩波文庫 青118-1)

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代表的日本人 (岩波文庫)

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