NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

「火星人」たち

今日の産経抄より。
「【産経抄】テロに理解を示す人たち 2月5日」(産経新聞
 → http://www.sankei.com/column/news/150205/clm1502050004-n1.html

 「劇場型犯罪」のはしりといっていい。昭和43年2月、金嬉老(きんきろう)元受刑者が、暴力団幹部ら2人を射殺した後、ライフル銃とダイナマイトで武装して、温泉旅館に人質を取って立てこもった。

 金元受刑者は連日記者会見を開いて、「民族差別」を訴えて自己弁護した。なんとその主張に「理解」を示し、エールを送る文化人がいた。力を得た殺人犯は、英雄を気取るようになる。

 過激組織「イスラム国」は、インターネットを駆使して、地球規模で劇場型犯罪を繰り返している。日本時間のきのう未明、拘束中のヨルダン軍パイロットの殺害を示すビデオ映像が公開された。あまりのむごたらしさに、言葉を失う。

 パイロットが殺害されたのは1月3日、後藤健二さんと湯川遥菜さんの映像が公開される、何日も前である。つまり「イスラム国」は、日本やヨルダンとまともに交渉するつもりはなかった。自分たちの残虐な行為を世界に誇示するのが、最初からの目的だろう。

 野党や元官僚から、中東歴訪中の安倍晋三首相の発言が「イスラム国」に口実を与えた、との指摘が相次いでいる。これほど的外れの議論はない。首相の発言がなければ、テロリストたちは日本人の人質を別の目的に使うだけの話だ。

 劇作家の福田恆存(つねあり)氏は、金嬉老事件をモデルにした喜劇『解ってたまるか!』のなかで、凶悪犯の言い分に「理解」を示す文化人を痛烈に皮肉った。「人質犯罪がもっとも陋劣(ろうれつ)であり、精神の荒廃をもたらすものとすれば、それに唯々諾々(いいだくだく)として屈することも同罪」と福田氏はいう。「『イスラム国』は許せないが、安倍首相にも責任がある」。そんな「物解り」のいい人を、福田氏は地球の常識が通じない「火星人」と呼んだ。


かく語りき。

 平和といふ名の美しい花を咲かせた日本の薔薇造りは、そのヒューマニズムといふ根がエゴイズムといふ虫にやられてゐる事に、果して気附いてゐるかどうか。そのけちくさい、小(ち)つぽけな個人的エゴイズムに目を塞ぎ、今度は同じヒューマニズムの台木にナショナリズムを接木して、平和と二種咲き分けの妙技を発揮しようとしてゐるのではないか。平和を口にする者が本当に平和を愛してゐるのか、ただ戦争を恐れてゐるだけなのではないか。ただ戦争を恐れるだけの消極的な精神が、平和を文化の創造と維持との原動力と為し得るだらうか。ナショナリズムを口にする者が本当に日本民族の自覚を持つてゐるのか、ただ個人的な消費生活の水準を落されたくないといふだけの事ではないのか。ただそれだけの消極的な精神が、文化共同体の源泉としてのナショナリズムに結集し得るだらうか。
 そんな奇蹟が起こる筈はありません。ヴィエトナムの民族主義を理解し得る様な口吻(こうふん)を進歩的知識人の言動に感じる時、私は呆れ返つて者が言へなくなる。なぜなら、アジア・アフリカの諸国は固有の文化共同体を形成してをります。日本の進歩的知識人は世界中で最もナショナリズムや平和を口にする資格の無い人種です。ナショナリズムとは文化共同体を前提として初めて力を発揮でき、平和もまた、戦争と同様に、それを維持する為の一手段でしかありません。が、戦後、進歩的知識人諸君はその日本固有の文化共同体を破壊する作家に最も熱心に占領軍と協力した人達であります。

── (『知識人の政治的言動』)

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