『山月記』
今思へば、全く、己(おれ)は、己の有(も)つてゐた僅かばかりの才能を空費して了(しま)つた訳だ。人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦(こっく)を厭(いと)ふ怠惰とが己の凡(すべ)てだつたのだ。己よりも遙かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となつた者が幾らでもゐるのだ。
1942年(昭和17年)12月4日 中島敦 没
- 作者: 中島敦
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