NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

賢者は歴史に学ぶ

 今から四〇年前のオックスフォードで、一人の日本人が噂になっていた。なんでもケンブリッジに留学していた日本人があまりに優秀だったので、教授たちが舌を巻いていた、というのである。ケンブリッジの俊秀の噂がオックスフォードまで聞こえてくる、ということはそうざらにないことであろう。しかも日本が敗戦して一〇年そこそこ、「いまだに戦後」と言ってもよい時代の話である。旧敵国に来て、少しは肩身の狭い思いをしていた日本人として、私にとってまことに嬉しい話であった。
 その優秀な日本人は、外務省から来ていた留学生だった。名前も聞いたが忘れていた。ところが最近確かめてみると、その留学年代からしてケンブリッジで噂になった秀才日本人は、岡崎久彦氏なのである。
 以前から岡崎氏の著書はたいてい読んでいる。最初のころに韓国について書かれたもの(『隣の国で考えたこと』中公文庫)も、当時としては類書のない、優れたものだった。
 唸ったのは、陸奥宗光の伝記(『陸奥宗光』上下 PHP文庫)だった。斬人斬馬の切り口を見せる谷沢永一氏と、二人で感嘆しながらこの本を対談書評したことがあるのを思い出す。しかも、この本がサウジ・アラビア大使の時代に書かれたものであることを知れば、岡崎氏の歴史についての著述、歴史への洞察は、よき時代の、よきイギリスの教養人の歴史著述と相通ずるものがあることが、よく理解される。岡崎氏の中には、このような形でイギリス的教養のよさが生かされていると思う。
 岡崎氏は「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉をビスマルクの原文では「賢者は」ではなく、「余は」だと聞くが)しばしば引用されるが、岡崎氏はまさにその精神を体現した貴重な人ではないか。
 また、岡崎氏と個人的にも話し合う機会を持つようになってからよく分かったことは、岡崎氏が最もよき意味での国士であること、憂国の情がきわめて深い人であるということである。
 明治の日本人で、日本の外交官の憂国の情を疑った人はいないであろう。しかし、今では国益より省益、省益よりも私益という印象を与える外交官の話がないでもない。岡崎氏はその点、まさに陸奥宗光憂国の情と、その明敏な洞察を受け継いだ人であるように思われる。オランダの歴史の教訓や、戦略的思考を語る岡崎氏のバックボーンは、日本に対する愛情からである。

── 渡部昇一『賢者は歴史に学ぶ―日本が「尊敬される国」となるために』

「安倍首相、岡崎久彦氏死去でFBに哀悼の意」(産経新聞
 → http://www.sankei.com/politics/news/141028/plt1410280010-n1.html
「外交評論家の岡崎久彦氏が死去 安倍首相のブレーン 第11回正論大賞受賞」(産経新聞
 → http://www.sankei.com/politics/news/141027/plt1410270028-n1.html
「【評伝】故岡崎久彦氏 『エレガントなサムライだった…』」(産経新聞
 → http://www.sankei.com/politics/news/141028/plt1410280009-n1.html
「外交評論家の岡崎久彦さん死去…保守派の論客」(読売新聞)
 → http://www.yomiuri.co.jp/politics/20141027-OYT1T50116.html


NPO法人岡崎研究所』 http://www.okazaki-inst.jp/
『【正論】苦節35年、集団的自衛権の時がきた 元駐タイ日本大使・岡崎久彦』 http://www.sankei.com/politics/news/140702/plt1407020029-n1.html

 かつてビスマルクは「愚者は体験に学び、余は歴史に学ぶ」と言ったと伝えられています。もちろん、自分の肌で体験して得た知識は大事ですが、それだけに頼ると思わぬ判断ミスをする。やはり、賢者たらんと思えば歴史に学ぶことを忘れてはいけないのです。

── 岡崎久彦『賢者は歴史に学ぶ―日本が「尊敬される国」となるために』




陸奥宗光〈上巻〉 (PHP文庫)

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戦略的思考とは何か (中公新書 (700))

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なぜ、日本人は韓国人が嫌いなのか。―隣の国で考えたこと (WAC BUNKO)

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真の保守とは何か (PHP新書)

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