NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

朝日

昨日の『産経抄』より。

「私はコレで朝日をやめました 8月7日」(産経新聞
 → http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/140807/ent14080703400001-n1.htm

 大先輩の石井英夫さんが、月刊誌「WiLL」9月号に寄稿している。タイトルは「私はコレで朝日をやめました」。産経新聞記者時代の石井さんにとって、朝日新聞は、「仰ぎみる高峰」だった。

 記事に偏向と増長が目立つようになってからも、購読は続けてきた。ところが6月末のある日、カッと頭に血が上って、決別するまでのいきさつがつづられている。引き金となったのは、集団的自衛権に反対するための連載記事に駆り出された、「おバカタレント」の写真だった。

 そんな石井さんの目に触れなくてよかった。きのうの朝日の1面トップは、吉永小百合さんのインタビュー記事だった。日本を代表する女優であっても、核兵器廃絶から集団的自衛権まで、朝日の主張べったりの、ご高説を聞かされるのはまっぴらだろう。

 朝日が2日にわたって、自らの慰安婦報道を検証した特集記事でも、識者、有名人を総動員する、得意の手法が使われていた。きのうの紙面では、現代史家の秦郁彦さんをのぞく4氏が、朝日の慰安婦報道にエールを送っていた。

 確かに、朝日はこれまでの慰安婦報道の一部について、誤りを認めた。最初の記事から32年、遅きに失したとはいえ、明確な謝罪なら評価したかった。ところが、さにあらず。他のメディアにも、似たような誤りがあったなどと、責任逃れの姿勢がありありと見える。

 何より、朝日の報道が、韓国の反日世論に火をつけ、国際社会で日本を貶(おとし)めようとする勢力に利用されてきた事実を、いまだに認めようとしない。「慰安婦問題の本質 直視を」。検証記事に付いた見出しは、本質を直視しているのは朝日だけと、言わんばかり。上から目線の報道姿勢も変わらない。

「『僕だったらすぐ朝日新聞辞めます』橋下市長、朝日新聞従軍慰安婦特集について再びコメント」(BLOGOS)
 → http://blogos.com/article/92079/
朝日新聞捏造問題に沈黙するTV局の臆病ぶり」(BLOGOS)
 → http://blogos.com/outline/92088/
「【編集日誌】さすがは、朝日新聞」(産経新聞
 → http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140807/plc14080711350010-n1.htm
「【阿比留瑠比の極言御免】慰安婦問題、「吉田証言」に踊った人たち」(産経新聞
 → http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140807/plc14080711310011-n1.htm
「朝日の『慰安婦問題報道』が浮き彫りにしたメディアの相互チェック機能の欠如」(現代ビジネス)
 → http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40097


翁に曰く、、、

 朝日新聞はながく共産主義国の第五列に似た存在だった。第五列というのは国内にありながら敵勢力の味方をするものである。それなら朝日新聞はわが国の社会主義化を望むかというとそんなことは全くない。資本主義の権化である。朝日は昭和天皇を常に天皇と呼び捨てにしていたのに、逝去の日が近づくと陛下と書きだした。ついには崩御と書いた。最大級の敬語である。読売が崩御と書いてひとり朝日が書かないと読者を失うかと恐れたいきさつはいつぞや書いた。
 朝日の売物は昔から良心(的)と正義である。こんなことでだまされてはいけないとむかし私は「豆朝日新聞」の創刊を思いたった。

── 山本夏彦(『「豆朝日新聞」始末』)