NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

「侍に宿る『道具』を大切にする心 『用具係』DeNA入来祐作に見たプライド」(産経新聞
 → http://sankei.jp.msn.com/sports/news/140510/oth14051018000001-n1.htm

 一流選手はそのパフォーマンスでファンを魅了する。そして道具との向き合い方にも二流、三流選手との違いが現れる。プロ野球DeNA・1軍用具担当として奮闘する入来祐作(41)が出演する飲料メーカーのCMが話題を呼んでいる。わずか30秒のテレビCMに、この野球人の順風満帆とはいえない半生が凝縮されている。「不惑」の年を迎えた大リーガー、イチローの道具を大切にする気持ちは人一倍強い。道具を大切にすることは自分の体をいたわることに他ならない。


「第2の人生」で得たもの

 BGMで流れるのは、1970年代のチューリップの名曲「青春の影」。若い選手のスパイクのひもが切れているのに気づいた入来が「道具を大事にせにゃ」と諭し、ひもを付け替える。「中年の星」のさりげない演技は実に渋く、クール。CM後半で、その若手がプロで初勝利を挙げた際のウイニングボールを入来にプレゼントする。“オチ”までついた「義理と人情」に訴えるCMなのだ。

 入来といえば、兄弟でプロ野球で活躍したエースである。中でも弟の祐作はPL学園-亜細亜大-本田技研をへて、巨人にドラフト1位で入団した速球派右腕。「炎の投手」の異名をとったが、周囲の期待をよそにプロでは通算35勝にとどまり、その輝きは長く続かなかった。

 引退後は打撃投手を務めていたが、「第二の人生」でも試練が待っていた。「ストライクが入らない」。打撃投手として致命的ともいうべき挫折を経験し、現在はファンから見ればさらに遠い存在の「用具係」として汗を流す。CMに登場する入来は日の当たらない「裏方」でも卑屈にならず、仕事への矜恃(きょうじ)をのぞかせる。新たな職場で現役時代の何分の一かの輝きを取り戻しているように見える。


「他人任せにしない」心得

 「道具を大切にできない人は、いつかその道具に裏切られる」-。プロゴルファー、青木功が週刊誌に連載中のコラムに書いた言葉に「魔法」のような力がこもっていた。青木流の「ゴルファー心得」は、多くのゴルファーにとって耳が痛かったに違いない。

 武士にとって「刀が魂」なら、このベテランにとって「クラブは魂」。料理人や大工が自分で商売道具を手入れをするように、クラブなどの一切の管理をプロになってからも決して他人任せにしなかった。まさにプロ中のプロが説く心得である。

 スポーツ選手にとって道具はいわば“分身”である。道具との向き合い方にこそ「現役」を長く続ける秘訣が隠されている。

 日本のアスリートに潜むサムライ的な魂を軽んじるなかれ。決められた規範(ルール)の中でプレーし、道具を自分の手足のように大事に扱うようにしてきた歴史は今に引き継がれているのだ。例えば、プロ野球選手で三振後にバットをたたきつけたり、無念の降板となった投手がベンチの隅でグラブを粗末に扱ったりする“不届き千万”な行為は、外国人選手に比べると明らかに少ない。

 イチローが昔も今も、自分のグラブやバットを大切に扱う話は有名で、その野球観は大リーガーに少なからずいい影響を及ぼしてきた。「小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道」。スポーツを生業とする以上、普段使っている道具を慈しみ、手入れを怠らないことは「基本のキ」といえる。


あの杉原もマナーの人だった

 イチローにしても青木にしても、現役としてのキャリアは他の選手と比べて確実に長い。「生涯現役」を標榜した小さなプロゴルファー、杉原輝雄さん(享年74)にも同じことが言えた。ラウンド中、第1打の後に必ずティーグラウンドに飛んだティーペグを拾っていた。しかも、他の選手が拾わずに残したティーペグまで片付けていたことを思い出す。“マムシ”の異名をとった男にすれば、使い捨てのティーペグにもクラブと同様の愛着があったのだろう。

 杉原のプロとしてのキャリアは実に半世紀に及んだ。そして、完璧なまでのマナーはアマチュアの規範となった。「どんな道具にも魂が宿る」。三振してもOBを打っても、道具を粗末に扱わず、道具のせいにもしない。その普遍の道理は、プロもアマも関係ない。

レーシングドライバーにとってのそれは、ヘルメットであり、レーシングスーツ、グローブである。
久しく袖を通していない、“赤備え”。



「すべて『一途』がほとばしるとき、人間は『歌う』ものである。」

── 坂口安吾『ピエロ伝道者』