「おもてなし」と「武士道」の国
「【正論】評論家・屋山太郎 東京五輪を『武士道』で迎えたい」(産経新聞)
→ http://sankei.jp.msn.com/life/news/130913/art13091303130000-n1.htm
《世界の心動かす精神の発信を》
アベノミクスが成功の兆しを見せている中、2020年の夏季オリンピック開催地に東京が決まった。長いトンネルを抜けて、出口の明かりがひときわ輝いてきたように見える。開催までに7年の期間があれば、日本のことだから、施設の整備や運営に怠りはないだろう。世界の人もそう信じていると思う。しかし、東京オリンピックをただの運動会に終わらせてはならない。世界の人心、文化を動かす精神を発信する絶好の機会だと心得るべきだ。
滝川クリステルさんは「お・も・て・な・し」の心を訴えたが、「おもてなし」はまさに日本の心の表現だ。これを日本人の女性的な表現だとすれば、男性的な表現は「武士道」だろう。この日本精神は今や国際的な普遍性をもって世界に広がっている。
日本のマンガは世界中に普及している。『ワンピース』というマンガは、力を合わせて難局を乗り切ろうという趣旨で福島の被災地を勇気づけたが、フランスでも大流行だという。数年前、フランスとスペインの国境にあるバスク地方の田舎町の本屋の店頭に、日本のマンガが平積みになっていた。どうしてだろう。なぜだろうと考えさせられたことがある。
日本のアニメも国際的に大流行だ。各国のオーケストラにも日本人の団員が多いのが目立つ。ソロで活躍している音楽家、歌手、ダンサーも数知れない。日本料理も世界に浸透し、モスクワには寿司屋が900軒もあるそうだ。
日本人の誠実さも遍(あまね)く世界に知られている。50年も前のことだ。ローマ駐在特派員を引き揚げるとき、家主から後釜に日本人を見つけて入れてくれと懇願された。その熱心さを見て、古くから日本人は信用されているのだなあと、祖先に感謝したものだ。
《父と剣の師から教わったこと》
武士道といえば、佐賀の「葉隠れ」を思い浮かべる人が多い。その神髄は「武士道とは死ぬことと見つけたり」で、戦時中、軍部がこれを戦意高揚に利用したため、「死に急ぎの哲学」ともいわれた。しかし、葉隠れの真髄(しんずい)は「武士はいつ死んでも悔いがないように日々立派に生きよ」ということにある。進駐軍はこの葉隠れの精神を嫌って剣道の競技まで禁じた。父は後年、「アメリカ人はもっと他に良い生き方があると教えてくれるのかと思ったよ」と笑っていた。
父は終戦の年の東京大空襲で顔面と手足を大やけどし、3カ月間も入院し、私も家が焼けて居場所がないから同じ病室に寝泊まりして看病した。終戦後、何カ月かたち、父に秘密を打ち明けた。「一発で何百万人も殺すような爆弾を作ってお父さんと広島でやられた20万人の仇(かたき)を取る」と。父は言ったものである。「米国との戦争は終わったんだ。勝負がついたからには諦めろ。仇を討(う)つよりは『潔い』ことの方が難しいんだよ」
大学生になって剣道が復活されたので、私は剣道部を創設し、夢中になった。団体戦で先鋒(せんぽう)に出て勝ったときのこと。席に戻って面を外したとき、嬉(うれ)しさがこみ上げてついにっこりと笑った。その時、監督の師範から竹刀で思いっきり背中を叩(たた)かれ、耳元で「笑うな! 負けた相手の心情を思いやれ」と言われた。惻隠の情である。私は以上、たった2つの出来事で武士道の心を悟った。この精神はあらゆる勝負事、立ち居振る舞いに通じるもので、克己心の深い意味も知るようになった。外国人が好む「クール・ジャパン」の本質も武士道ではないか。
《武士道にはない韓国の対応》
職人の世界でなぜ日本だけに「匠(たくみ)」が多いのかという特集取材に加わったことがある。4、5人の町工場の長がグループになって徹夜も厭(いと)わず、精魂込めて製品を試作する。聞いてみると、請け負ったのはそのうちの1社である。「儲(もう)けがないのになぜ一生懸命やれるのですか」という問いに、「人が喜ぶのを見るのが嬉しいからだ」と町工場の社長は答えた。これこそ、武士道の精神なんだあ、としみじみ思った。
「義を見てせざるは勇なきなり」という精神も武士道の柱の一つである。それが廃れたからこそ、陰湿ないじめが流行(はや)ってきたのではないか。「強きをくじき、弱きを助く」を実践したことがあるが、あれほど恐ろしかったことはない。が、2、3日経って満足感がこみ上げてきた。
日本は常時、世界の世論調査で最も好きな国の一つに挙げられる。日本の文明、精神が人や芸術を通じて広く世界に受け入れられているからだろう。日本の文化は宗教や文明の違いを超えて、普遍性を持っていると信じる。東京オリンピックを通じて、日本は武士道、おもてなしの精神を発信し、フェアで人類平等の楽しい価値観に尽くそうではないか。
最後に、どうしても付け加えたい。韓国では「日本は五輪開催にふさわしくない」とメディアが煽(あお)り開催地決定前日、政府が福島など8県の水産物禁輸を発表した。この汚い手口は武士道にはない。
「おもてなし」が日本の心の女性的表現であるならば、男性的表現のそれは「武士道」である。
- 正直なる事
- 高潔なる事
- 寛大なる事
- 約束を守る事
- 借金せざる事
- 逃げる敵を遂わざる事
- 人の窮境に陥るを見て喜ばざる事
人生の大抵の問題は「武士道」を基準に判断すると誤りがないのである。
「我等は人生の大抵の問題は武士道を以て解決する、正直なる事、高潔なる事、寛大なる事、約束を守る事、借金せざる事、逃げる敵を遂わざる事、人の窮境に陥るを見て喜ばざる事、是等の事に就て基督教を煩わすの必要はない、我等は祖先伝来の武士道に依り是等の問題を解決して誤らないのである」
── 内村鑑三(『武士道と基督教』)
そして、何度も書いているが何度も書く。
その昔、会津の子供達には掟があった。
「什(じゅう)の掟」である。
「什の掟」
一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二、年長者にはお辞儀をせねばなりませぬ
三、うそを言うてはなりませぬ
四、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ
五、弱い者をいじめてはなりませぬ
六、戸外で物を食べてはなりませぬ
七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです。
「年長者を敬う」、「嘘をつかない」、「卑怯な振る舞いをしない」、「弱い者いじめないをしない」。
そして「ならぬことはならぬものです。」
ダメなものはダメだという、理屈を捏ね回すことを善しとしなかったのが会津武士道である。
「おもてなし」と「武士道」で世界を迎えたい。
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