NAKAMOTO PERSONAL

空にある星を一つ欲しいと思いませんか? 思わない? そんなら、君と話をしない。

TARUPHO

窓から夜空を見上げてご覧なさい。


お月様=タルホ。
稲垣足穂

 さあ皆さん どうぞこちらへ! いろんなタバコが取り揃えてあります どれからなりとおためし下さい

『投石事件』

「今晩もぶら下げっていやがる」
 石を投げつけるカチン!
「あ痛た 待て!――」
 お月様は地に飛び下りて追っかけてきた ぼくは 逃げた 垣を越え 花畠を横切り 小川をとび 一生懸命に逃げた 踏切をいま抜けようとする前をヒューと急行列車がうなりを立てて通った まごまごしているうちに うしろからグッとつかまえられた お月様はぼくの頭を電信柱の根元でガンといわした 気がつくと 畑の上に白い靄(もや)がうろついていた 遠くではシグナルの赤い目が泣いていた ぼくは立ち上がるなり頭の上を見て げんこを示したが お月様は知らん顔をしていた 家へ帰るとからだじゅうが痛み出して 熱が出た
 朝になって街が桃色になった頃 いい空気を吸おうと思って外へ出ると 四辻(よつつじ)のむこうから見覚えのある人が歩いてきた
「ごきぶんはどうですか 昨夜は失敬いたしました」
 とかれが云った
 たれかしらと考えながら家へ帰ってくると テーブルの上に薄荷水(はっかすい)が一びんのっていた


『ある夜倉庫のかげで聞いた話』

 「お月様が出ているね」
 「あいつはブリキ製です」
 「なに ブリキ製だって?」
 「ええどうせ旦那 ニッケルメッキですよ」 (自分が聞いたのはこれだけ)


『月とシガレット』

 ある晩 ムーヴィから帰りに石を投げた
 その石が 煙突の上で唄をうたっていたお月様に当たった お月様の端がかけてしまった お月様は赤くなって怒った
「さあ元にかえせ!」
「どうもすみません」
「すまないよ」
「後生(ごしょう)ですから」
「いや元にかえせ」
 お月様は許しそうになかった けれどもとうとう巻タバコ一本でかんにんして貰った


『A MEMORY』

 物やわらかな春の月が中天にかかって 森や丘や河が青くかすんでいました
そして遠くのほうに岩山の背がほの白く光っていました
 そこらじゅう一面に月の光がシンシンふりそそいで ずっと遠くの遠くの方から トンコロピーピーと笛の音が聞こえてきます それはなにか悲しげな なつかしい調子で 聞こえるのか聞こえないのかわからないくらい 微かに伝わってきます 耳を澄すと その笛の音につれて 恨むような 嘆くような声が なにか歌っているようですが 何を云っているのかちっとも判りません
 トンコロピー・・・・・・ピー・・・・・・
 笛の音がすると 月の光がまたひとしきり降ってこぼれてきます
 すると
「たぶんこんな晩だろうよ──」
 どこからかこんなつぶやき声がしました
「え? どうしたのが」
 とわたしがおどろいて問い返しましたが 声は何も答えません そして相変わらず月の光がシンシン降っているだけでした
 すると どこからともなくさっきのつぶやきが 投げやるように 悲しげに こんどは少うし腹を立てているような調子で聞こえました
「たぶん こんな晩だったろうよ──」
「えッ どうしたのが?」
 わたしはあわてて問い返しました けれども声はもう答えようとしませんでした
 ・・・・・・
 わたしは気がついて足もとから石をひろい上げました しかしむこうへ投げつけるまえに なにかがっかりしたふうに落としてしまいました
 青い月夜で 山や丘や森が夢のようにかすんでいました
 トンコロピー・・・・・・ピー・・・・・・


『A PUZZLE』

──ツキヨノバンニチョウガトンボニナッタ
──え?
──トンボノハナカンダカイ
──なんだって?
──ハナカミデサカナヲツッタカイ
──なに なんだって?
──ワカラナイノガネウチダトサ


『月をあげる人』

ある夜おそく公園のベンチにもたれていると うしろの木立に人声がした
「おくれたね」
「大いそぎでやろう」
カラカラと滑車の音がして 東から赤い月が昇り出した
「OK!」
そこで月は止まった それから歯車のゆるゆるかみ合う音がして 月もゆっくり動きはじめた
自分は木立のほうへとんで出たが 白い砂利道の上には只の月の光が落ちて きこえるものは樅の梢をよそがす夜風の音ばかりだった


『見てきたことを云う人』

「きみはあの月も 星も あんなものが本当にあると思ってるのかい」
 とある夜ある人が云った
「うん そうだよ」
 自分がうなずくと
「ところがだまされているんだ あの天は実は黒いボール紙で そこに月や星形のブリキが貼りつけてあるだけさ」
「じゃ月や星はどういうわけで動くんかい」
 自分が問いかえすと
「そこがきみ からくりさ」
 その人はこう云ってカラカラと笑った 気がつくとたれもいなかったので オヤと思って上を仰ぐと 縄梯子の端がスルスルと星空へ消えて行った


『月夜のプロージット』

 時計が十一時を打った時 おとぎばなしの本をよんでいた男が 思い出したように立ち上がって 窓を開けた そしてそこに青い光がいっぱい降っているのを見ると半身をつき出しながらどなった
「おいやろうぜ」
 すると隣の窓から返事がした
「OK!」
 やがて青い電気に照らされた舞台のように青いバルコニーに 円テーブルが持ち出された 二つの影がそのまわりに立って 互いに差し上げた片手の先でカチッと音をさせた
 A votre santé!
 双方のグラスには いつのまにか水のようなものがはいっていた それを一息に呑むと 一方が云った
「だんだんうまくなるじゃないか」
 他方が答えた
「そうさ 十三夜だもの」

 ではグッドナイト! お寝みなさい 今晩のあなたの夢はきっといつもと違うでしょう

── 稲垣足穂『一千一秒物語』


一千一秒物語』(松岡正剛の千夜千冊) http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0879.html


一千一秒物語 (新潮文庫)

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一千一秒物語

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